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「なぁ」
帆乃夏からの反応は無い。確かめるのを躊躇いながら、それでもその時が来たら言おうと思っていた言葉を口にする。
「…今までありがとな」
多分、帆乃夏は顔をしかめているだろうと思う。素直にお礼を言い合ったりするには、俺達の距離は近すぎたし、過ごした時間も長過ぎたから。
「あのさ、」
思い切って隣へ向き直ると、そこに帆乃夏の姿は無く、みすぼらしいボロバスの車内が、最奥の座席まで見渡せるだけだった。そしてもう二度と、彼女には会えないのだということが、なんとなく分かってしまった。
直哉は知っていた。物心つく前から自分の隣に居た女の子が、自分にしか見えない友人であるということを。そうして直哉と同じように、架空の友人を持つ人は案外大勢居て、その大多数が成長の課程で、その友人と別れるのだということも。
気が付くとひぐらしの鳴き声は止んでいた。西の山に太陽が沈み、橙から紺への色鮮やかなコントラストが展開している。
直哉は立ち上がり、ボロバスの車内を見回した。昔より窮屈な、物寂しい伽藍堂が広がっているだけで、もう怖くはなかった。
帰りがけにもう一度、外側から眺めたボロバスは直哉の目に、まるで何かの脱け殻のように映った。
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