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直哉
「そろそろ起きろよ。風邪引くぞー」
ゆっくりと目を開くと、いつの間にか山に隠れ始めた西日が、ボロバスの車内を橙色に染め上げていた。
さっきまで見ていた夢のせいか、胸のうちに残る懐かしさが、心を締め付ける。
「泣いてんの?」
馴染み深い声のする方へ、顔を向ける。僅かに距離を隔てて隣に座る見馴れた女の子が、悪戯っぽくこちらを覗き込んでいた。
「泣いてねーよ」と答えた後で、熱っぽい目頭を指先でなぞると、なるほど確かに濡れた感触がする。
けたたましく鳴いていた油蝉の声が止み、代わりにひぐらしの鳴き声が、どこからとなく聴こえてくる。起き抜けの目に染みる夕焼け空に、一羽のカラスが飛んでいた。
無理な姿勢で寝ていたせいか、間接の至る所が軋むような気がする。気だるい身体を目一杯に伸ばし、欠伸を一つする。目尻に溜まっていた涙が、頬を伝う感触がした。
「泣いてはねーよ」
言い訳がましいと分かってはいたが、からかわれるのも癪に触るから、念を押すようにもう一度付け加える。帆乃夏の反応を伺うように、ちらりと目線を向けてみる。
頭の後ろで指を組み、ベンチシートに凭れかかって目を閉じた帆乃夏は、こちらの事など気にしていない様子だった。
女の子にしては短めに切り揃えられた髪の毛が、麦わら帽子を外した頭の、形の良さを際立たせている。
「ちょっとでかくなったからって、調子に乗んなよ?」
突然そう言った帆乃夏の口振りは、昼間言った時と比べて、随分穏やかな響きを含んでいた。
「調子には、乗ってねーよ」
答えてから、急に切なくなった。
多分いつかは、こういう日が来ることを知っていた。それでも自分にだけは、その日が来ないんじゃないか、と淡い期待を抱いてもいた。
可能な限り息を深く吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。日の落ちたボロバスの車内は、肌寒さすら感じる。
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