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「ひゅーひゅー! 素敵よレックスーっ!」
すっかりテンションの上がった香苗がぴょんぴょん飛び跳ねる。その時、展示室の片隅にワープホールが開き、エミカーラが現実世界へ帰還して来た。
「やった! 出て来れた! 早くティーン・ブラーボを止めないと……って、えええええええええっ!?!?」
そのティーンが今まさにティラノサウルスに噛まれて白目を剝いていたので、エミカーラも、心の中の映美も驚愕するしかなかった。
(待って待って、どういう状況!? 敵の新手!? でもあいつが喰われてるし……)
割って入ったものか傍観したものか映美は混乱するばかりだったが、一方のカーラは影の乙女としての直感で事態を察していた。
《映美さん! あれはオーブです。人のオーブが自らを守るために、さっきの骨格模型を変身させて使役してるんです!》
(マジで!? ちょっと凄すぎない?)
《間違いありません。前にお城で見た影のオーブととても似通った気配が、あの恐竜から感じられますから……いや、それにしてもこれは……》
オーブは地球の生命を支える至宝にして、その絶大エネルギーを自らの意思で発揮しさえする。無生物すら生きたように動かしてしまうその驚異の力を目の当たりにし、映美もカーラもただただ圧倒されるばかりだった。
やがてレックスはティーンを咥えたまま何度も振り回し、然る後に口を離して床に打ち捨てた。完全に気を失ってぐったりするティーンに手下たちが慌てて駆け寄り、胴上げのように担いで自前のワープホールへと撤退していく。一時はエミカーラが退けられオーブをも奪われかけた今回の襲撃だが、ここに危機は去ったのである。
「ありがとうレックス! やっぱりあなたはわたしのアイドルだわ!」
無様に逃げ帰る敵の姿を見て、香苗はすっかりご満悦。今にもレックスの足に頬擦りしに行きそうな喜びようだったので、映美は素早く合身を解除して止めに入った。
「あぶなっ……あんま近寄ると蹴られちゃうでしょうが」
「映美お姉さん! 良かった……無事だったのね。 あれ見て! レックスが生きてるの!わたしを助けてくれたのよ!」
「あ、うん……見た」
うずうずする香苗を腕に抱え込んで引き留めながら、映美は咆哮するティラノサウルス・レックスを眺めていた。今まで何となくオーブとは自分たちが保護すべきものだと思っていたが、果たして人の手に負えるものなのだろうか。
『映美さん……オーブ、回収しますか? こう言うのも何ですけど、私としてはちょっと触れないと言うか……下手に刺激すると食べられちゃいそうと言うか……』
「わかる。ボクも行きたくない」
ことオーブに関しては真剣なカーラが及び腰になっていることが、事態の深刻さを物語っている。オーブは言わば地球の味方だが、ひょっとすると、敵に対してよりも腰を据えて向き合わなくてはならないのかもしれない……ふたりがそう思っているうちに、ティラノサウルスはその巨体を反転させ、地響きをさせて廊下の向こうへと歩き去って行った。
「お姉さん……わたし、さっきお姉さんが言ったことわかったような気がするわ。現にわたしはレックスに会うことができたもの。願い続ければ思いは叶うのよ!」
静けさの戻った展示室に香苗の興奮した声が響き渡る。キラキラした目で見つめて来る香苗の視線の眩しさに、映美はややげんなりして目を逸らした。
「勘弁してよ……」
とりあえず香苗の頭を撫で回してお茶を濁しながら、映美はこれから直面するであろう更なる困難を思った。やがて、ティラノサウルスが科学館の正面玄関をぶち破る轟音が遠く聞こえて来て、映美はカーラともども震え上がるのだった。
第4話「エミカーラ脱出せよ! 真昼のミュージアムパニック!」
おわり
次回へ続く
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