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「そんな……女王様、私、できません!あんな恐ろしい怪物と戦うだなんて!私は……私、怖いんです!」
『可愛いカーラ……最初に影の乙女のお役目をお願いした時も、貴女はそんな風に怯えていましたね。ですがカーラ、貴女のその臆病は裏を返せば何物をも侮らぬ心。思慮深さや優しさと同じ心なのですよ。あとは勇気を振り絞るだけ。大丈夫、シャドーメイトは魂の絆で結ばれた永遠の友……きっと貴女の力になってくれます』
「永遠の、友……」
『お信じなさい、貴女がずっと憧れ続けてきたその子を』
女王の言葉を聞く間にもカーラの体はとめどなく上昇を続ける。どんどん小さくなるシャドーキャッスルを眼下に見下ろしながら、カーラは必死に手を伸ばした。
「女王様っ……ペルセフォネ様も一緒に!」
『……わたくしはここに残り、影のオーブを守ります。きゃつらの狙いは、地球を支えるこのオーブなのです。人間界のどこかにある人のオーブもきっと危ない……カーラ、頼みましたよ』
念話が途切れる寸前、女王が微笑んだのをカーラは感じた。次の瞬間、城を中心に猛烈な吹雪が巻き起こり、四体の怪物もろとも王都を雪と氷で覆い尽くした。カーラの悲痛な叫びは、天空の壁を切り裂く轟音にかき消された。
シャドー界が未曾有の災厄に見舞われているのと同じ頃、人間界では快晴そのもの……特に言うことも無い安穏たる日常が流れていた。とは言え大小のトラブルも絶えないこの人間界、たまさかに訪れるこうした平穏を休息や無為な営みに充てる人は多い。佐倉坂西中学校に通う中学二年生、影丸映美もそのひとりだ。今は学校の休み時間。まだやんちゃ盛りの男子たちが校庭へ駆け出し、おませな女子たちが輪を作ってよもやま話に興じる、尊い喧噪のひとときだ。そんな中、映美はただ机に肘をつき、窓から差し込む日光に目を背けてボーっと座っていた。
「……くぁ」
顔をもぞもぞさせ、あくびをひとつ。目尻に滲んだ涙も拭わず、また教室の床に視線を落とす。映美を知る人は、彼女をのんびり屋、無気力、省エネ系女子などと口々に形容する。彼女の数少ない友人である星影清夏はその筆頭だ。
「よっ、映美坊や。また光合成してんの?」
背後から寄って来た清夏が、映美の丸まった背中をバシッと叩いた。「わぎゃっ」と変な声を上げ、映美はだるそうに振り返った。
「なんだ清夏かぁ……びっくりするじゃんか」
「なんだとは何よ。一限目からもう先生に怒られた坊やを労わってあげようと思ってわざわざ行脚して来たんじゃない。居眠り癖の映美坊や」
精々斜めに二つしか席の離れていないのを行脚と言う清夏のおどけっぷりもさるものだが、映美が先生に怒られたのは本当である。授業中、先程のように床を向いて頬杖をついているのを居眠りとみなされ、見事に晒し上げられてしまったのだ。
「ボク、別に居眠りしてたわけじゃないんだけどなぁ」
「いやー、寝てないのは知ってるけどさ、あれは駄目でしょ。見た目からして不真面目だわ。本当に寝てる奴の格好の方がマシに見えるわ」
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