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気持ちは元気いっぱいの映美は座りもせずにUターン、そのまま駆け出してしまった。
「探すぞ~、どこだオーブは~?」
『だ、大丈夫かしら……?』
そんなカーラの不安は見事に的中した。数時間が経過し日も暮れかかる頃、映美は完全にガス欠。這うようにしてバス停に辿り着くや、ベンチにめり込んで動かなくなってしまった。
『映美さ~ん!映美さん起きて!もうバス来ちゃってますよ~!』
「……んん……にゃぐ」
慌てるカーラの呼びかけにも曖昧な返事しか返せない程、映美はポンコツと化している。尤もそれも無理からぬこと……ただ山道を歩くだけならいざ知らず、時には繁みや獣道にも分け入って探し物をしながらの道中だったのだから。張り切りでハイになった頭が疲れを麻痺させていたのが、ここへ来て限界を迎え一気に噴出したというわけだ。
とは言え、今来ているバスを逃せば夕ご飯までに帰れなくなってしまう。中学生の映美にとってそれがどれだけ忌避すべきことか、カーラは行きの道すがら聞いていたので、必死になって映美を引っ張った。ふたりは人と影としてかかとでつながっているので、一方を無理矢理に引きずることも可能なのだ。
『うんしょ、よいしょ……ほら映美さん乗りますよ!お母様に叱られてもいいんですか!?』
「んう……やだぁ~~~」
最後には映美も自分の足で立ち上がってくれて、ステップを四つ足でよじ登るという奇行を通行人に晒しつつも何とかバスに乗り込むことができた。夕陽の差し込む車内に他の乗客はおらず、エンジンのぐずる声と振動だけが程よい気怠さを醸し出している。映美は一番後ろの長いシートにゆったりと倒れ込み、口を半開きにして再び脱力した。
「あ~……ボクはもう駄目だ。着いたらカーラまた引っ張って……」
『家までは無理ですよ~。もう……だから休もうって言ったじゃないですか』
「えへへぇ……ごめん」
空気の抜けたように映美が笑う。シートに映るカーラをポンポンと触りながら、彼女はゆるい調子でこう続けた。
「休みの日にカーラと友達っぽくお出かけできてさぁ、ほんっっっとうに嬉しかったんだぁボクは。まあ地球の未来がかかってるんだし?こんなの駄目かもしれないんだけど……うふふ、ごめんねぇ……なんかハシャいじゃった」
『映美さん……』
カーラは今日一日の映美の幸せそうな姿を思った。カゲトモとしてこれまで二度戦い少なからず傷つきながらも、映美は自分の運命にむしろ喜びを見出しているのだ。
『……いいえ、駄目なんかじゃないと思いますよ。私も同じですから』
きっと映美は、この先にどんな試練が待ち受けていようと勇んで飛び込むだろう。映美にそうさせるのが他でもなく自分の存在であることをカーラはよくわかっていたし、だからこそ心配でもあった。
『私だって、映美さんと居られて楽しいです。映美さんと出会えたこの運命を幸福なものにしたい……だから、無茶だけはしないでくださいね』
自分が映美のためにできることはあるのだろうか。あればどんなに良いだろう。カーラはそんなことを考えながら、今はただ映美のために祈るのだった。シートに置かれた映美の手にカーラが影の手をそっと重ね、映美はドキッとする。
「カーラ……うん、わかった」
飴色の光差す車内で、映美とカーラがこうして思い合っていることなど余人には知るよしもない。ふたりだけの秘密の関係を揺りかごのように育みながら、バスは映美の自宅近くの停留所に到着したのだった。
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