8人が本棚に入れています
本棚に追加
へとへとで帰宅した映美は、まず母の千恵美によって風呂に放り込まれた。珍しく泥んこの汗まみれになって帰って来た娘の姿に千恵美は少し戸惑ったようで、そのまま絨毯にダイブしようとする映美を制止するのが危うく間に合わなくなるところだった。だが、映美が疲れの中にも充実感を窺わせていることは千恵美にも伝わったらしい。一歩も動きたがらない映美に千恵美は呆れつつも、しかしどこか嬉しそうに、汚れた衣服を力ずくで剥ぎ取ったのだった。
「はー……ここが天国か」
温かいシャワーで今日の垢を洗い落とした後、映美は湯船に首まで浸かって癒しのひと時を堪能する。凝りに凝った全身が湯の中でみるみる弛緩して行き、震えが来る程の気持ち良さにもう何度目かのため息が漏れる。これまでも一応風呂好きを自認していた映美だったが、今日を境にもっと好きになりそうだと思った。
「ねぇカーラ、カーラはお風呂好き?シャドー界にもお風呂ってあるの?」
浴室の室内灯は光が弱いので通常の影はぼやけて見えないが、映美の影にはカーラの魂が宿っているので、紫苑色のカーラのシルエットが変わらず足先から伸びている。まるで一緒に入浴しているかのような状況に映美は胸躍らせているが、一方のカーラは気が気でないようだった。
『え、ええ……シャドーの暮らしぶり自体は人間と変わりありませんから。それより映美さん……やっぱり私は隠れていた方がいいのでは?いくらシャドーメイトだからといって、映美さんの……その、生まれたままの姿まで見てしまっていいものかと……』
この間の戦闘以降、カーラは影の深層に自由に潜ることができるようになっている。映美の入浴中はそこに身を隠したいと、カーラは再三に渡り申し出ているのだが。
「え~駄目だよぉ、別々なんて寂しいじゃん。もう二回も合身した仲なんだし、お風呂ぐらい一緒に入るのが普通だと思うんだけど?」
と、このように映美が許してくれないのだ。
「まあボクの体なんて骨皮筋衛門で見苦しいだろうけどさ、楽しいバスタイムをもっと楽しくするためだと思って付き合ってよ。ね、お願い」
『み、見苦しいだなんてそんな……あうぅ』
実の所、カーラにとって映美の贅肉の無いスレンダーな肢体はあまりにも魅力的だった。だからこそなのだとわかって欲しいカーラだったが、果たしてそれをどう説明したものか見当もつかず、今もこうして湯を共にしてしまっているというわけだ。
「ボクなんか、影を通してシャドー界のカーラを見てた時期には色々想像してたよ。この子今着替えてんのかなーとか、水泳の授業中なのかなーとか。だからお互い様!」
そう言う映美は映美でプライバシーという概念が崩壊しかかっているし、カーラはますます頭が痛むようだった。
『……映美さんのそういうデリカシーの無さは本当にどうかと思いますけど……わかりました。しばらくはこのままで』
「やった!も~、カーラは本当に真面目だなぁ」
映美が喜びに手を打ったその時だった。ふたりが浸かっている湯船の水面……その中心より突然波が立ち、波紋を中心に青く柔らかな光がぼうっと浮かび上がって来た。
「えっ!?な、何これ!?」
『この光は……!』
慌てる映美とは逆に、カーラはその光から感じられる気配に覚えがあった。青い光はやがて小さな柱のように水面に直立し、そこから徐々にひとりの高貴なる女性を映したホログラムへと形を変えて行く。カーラの直感の通りの人……女王ペルセフォネの姿がそこにはあった。
最初のコメントを投稿しよう!