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どちらか一人がある程度身を任せていれば、普通に歩くのはそう難しくないらしい。恐縮しながら地面を滑るようについてくるカーラに、映美は微笑んだ。
「折角会えたから、だよ。今までお話したりはできなかったけど、カーラはボクの大切な親友だもん。力にならせてよ」
通学路から離れて少し歩き、二人は緑も豊かな公園に辿り着いた。映美も幼い頃たまに訪れたこの公園は、誰誰とかいう有名な彫刻家が手掛けた前衛的な形の遊具がたくさんある。映美はそれらの中から西日が良く当たるものを選び、側に立って壁面にカーラを映した。こうすればカーラの姿が垂直に立って見えるため、映美も自然な姿勢で会話ができるわけだ。
「これで良し。カーラ、落ち着いた?」
『はい……取り乱してすみませんでした。まずは、私の住む世界の話をしますね』
そしてカーラは順を追って語った。自分が人間界とは異なるシャドー界の出身であること。そのシャドー界が謎の勢力による襲撃に遭い壊滅状態に陥ったこと。そして自分は女王の助力により人間界に飛ばされ、気付いたら映美の影に宿っていたこと。映美はそれらの話を疑うことなく真剣に聞き、逆にいくつか問いを返しもした。
「シャドー界かぁ……じゃあ今までボクが見てた影は、シャドー界で過ごしてたカーラの姿だったってこと?」
映美のその問いにカーラは『恐らくそうでしょう……』と返し、こう続けた。
『本来、人間界とシャドー界は決して交わることは無いのですが、ごくまれにもう片方の世界に対となる相手を持つ子どもが生まれるんです。それがシャドーメイト……私と映美さんです。シャドーメイトは生まれた時からお互いの存在を感じ取り、世界を隔ててなおその動きを知ることができると言います』
カーラの説明を聞いて、映美はようやく合点がいった。別の世界に生きるカーラの動向を、映美は自分の影を通して見ていたのだ。映美の影はシャドー界を覗く遠眼鏡であり、そして今は霊魂だけの存在となったカーラを人間界に留め置く器でもあるらしい。
『私にシャドーメイトのことを教えてくれたのは女王様でした。その女王様も、今頃どうしていらっしゃるのか……もしかしたらお命すら……』
カーラの声に再び嗚咽が交じり始める。のっぺらぼうのような紫苑のシルエットに表情は映らないが、それでも映美にはカーラの眉根を寄せた泣き顔が見えるようだった。映美は遊具の壁面に手を伸ばし、カーラの目元のあたりにそっと指を触れた。
「本当……つらい思いをしたんだね……」
カーラの悲しみの深さは、映美には計り知れない。大切な人を故郷もろとも失うなど想像するだに恐ろしいし、また想像しきれる筈も無い。
でも、せめて涙だけでも拭えたら……そんな思いで、映美はざらざらした壁面を慈しむように指で撫でた。
「それでもさ……ボクは言いたいよ、カーラに会えて嬉しいって。ボクに会いに来てくれて……ありがとうね、カーラ」
『あ……っ』
カーラの息遣いが聞こえる。やがてカーラは自分の頬に手をやると、映美の手指を握るかのようにそっと影の指を重ねた。
『……私もです。あなたに会えて……あなたが私のシャドーメイトで、良かった』
カーラの顔が綻び、美しい微笑みが見えたような気がして、映美は少し照れくさくなった。
「き、きっと女王様のことは心配いらないよ。その、オーブ?を守りながらカーラの帰りを待ってるんじゃないかな。……あっ、そうだよ、女王様はシャドーメイトに会えってカーラに言ったんだよね?それって、ボクに何かできることがあるってこと?」
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