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担当トレーナーによって、その日のコンディションに基づき設定されたメニューを淡々とこなしていく。ランニングを終えクールダウンに入り、ゆったりとした歩調で息を整えながらチラリと剣斗の方を見る。
額から流れる汗もそのままに、幼さを残す栗色の大きな瞳を何度か瞬きして見せた。
「うわ~! 静夜さんっ。その目、ヤバいっす! 俺、惚れちゃうっていつも言ってるじゃないっすか!」
「いちいち煩い奴だな。カラコンしてると目ぇ、疲れるんだよっ」
「それ、分かりますわ~! 俺も目薬手放せないっす。充血酷くて……」
深呼吸を繰り返し、心拍数がゆっくりと落ち着いていくのを前方のタブレットで確認しながら、静夜は下ろしたままの前髪をかき上げて細く息を吐き出した。
剣斗は同じ店の後輩で、静夜に比べればランクはかなり下の方ではあるが、ワンコ系キャラが功を奏してか徐々に人気が出始めている。入店時から面倒を見てやっていたせいで、今ではすっかり懐かれてしまい、頼んだわけもないのに静夜の身の回りの世話から、スーツのクリーニング、そして店へ出入りする際の警備まで、自身の仕事の合間を縫って彼に尽くしている。
店長やマネージャーは、彼の目に余る行動に最初のうちは苦言を呈していたが、今では静夜専属の付き人としていろいろなことを彼に任せるまでになっていた。
しかし、数日前のあの夜、偶然か必然か――剣斗は休暇を取っていた。
静夜にとっては後輩の剣斗に情けない姿を見せずに済んだと胸を撫で下ろしていたが、噂は彼の耳にも入ってしまったようだ。
ピーッという電子音と同時にマシンが停止し、静夜は手摺に掛けておいたタオルを手にマシンを降りた。
「――バカなこと言ってないで、お前は自分のメニューこなせよ。最近、食いすぎてるって言ってただろ?」
「大丈夫っす。俺、チンチン代謝……あれ? チンシン代謝いい方なんで」
「それを言うなら新陳代謝だろうが……。俺、ちょっと休んでくる。サボるなよっ」
呆れ顔のまま、トレーニングルームの一画に設けられた休憩室へと向かう。三方をガラスで仕切られた部屋にはゆったりと座れるソファとテーブル、そしてジムのメンバーであれば誰でも無料で飲むことが出来るドリンクコーナーが用意されていた。
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