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 鼻息荒くミネラルウォーターを仰ぐ静夜を見つめ、諦めたように大きなため息をついた塩屋は、胸元に手を入れて名刺ケースを取り出すと、その中から一枚抜き取って静夜に渡した。  指先でそれを受け取った静夜は、わずかに目を見開いて塩屋を見つめた。 「これって……あの男の?」  会社代表として営業用に使われている名刺で、会社名、肩書はもちろんのこと、直通の携帯番号が上質な厚紙に印字されている。まるで彼の性格を表しているかのようなきっちりとした字体を選んでいるところが、静夜の胸をざわつかせた。 「そ……。あの街で噂話を信じることは身の破滅を招く原因になりかねない。ナンバーワンのお前が、客も取らずに彼にそれほど入れ込んでいるというなら、その目で真実を見極めて来ればいい。もし会いに行くのなら、アポは忘れるなよ」 「塩屋さん……」  ポンッと静夜の肩を軽く叩いて背を向けて歩き出した彼は、ふと何かを思い出したかのように足を止めて振り返った。 「――ホントはさ、俺も期待してるんだよ。お前が、あの傲岸なオレ様男の鼻先をへし折るの……。そしたらさ、間違いなくお前は認められる。絶対的なキング――いや、クイーンになれる。スカウトした俺も鼻高々ってわけだ」  普段から心持ち上がった口角をさらに引き上げて、塩屋はニヤリと笑って見せた。  その笑みに応えるように、静夜も自信あり気に唇を綻ばせ、指先に挟んだ広武の名刺を弄びながら、長い前髪をグシャリとかき上げて言った。 「任せとけ。今度はアイツのプライドを粉々に打ち砕いてやるから」 「期待してる……」  いつになく楽しそうな塩屋の背中を見つめながら、静夜はガラスの向こう側でブラインド越しに差し込む眩い太陽の光に勝気な栗色の瞳をすっと細めた。  夜の街だけに生きてるんじゃない――。互いの昼の顔を見たってルール違反にはならないはずだ。  静夜は、トレーニングルームで汗を流す剣斗にチラッと視線を向け、勢いよくソファから立ち上がった。  そして、彼に何も告げることなくその場をあとにした。
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