【3】

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 思わず口から零れてしまった心の声に、目を伏せていた広武が視線をあげた。 「ふふっ。ナンバーワンホストよりもカッコいい俺を目の前にして、何も言えないからか?」 「自惚れるなっ」 「戦いを挑んでみたものの、勝ち目がないと悟った顔してるぞ」  煙草を灰皿に押し付けながら、楽しそうに笑う広武は心底性格が悪い。自意識過剰にもほどがある。  それに、あっさりと静夜の本性を見破ってしまうあたり、やはりタダ者ではないという事は頷ける。  静夜は図星をさされ、反撃の機会を伺うべく唇を噛んだまま彼を睨みつけていたが、何を思ったか着ていたジャケットを脱ぎながら立ち上ると、広武のもとへと歩み寄った。  そして、彼の顎を指先で持ち上げると、まだ煙草の香りの残る薄い唇を軽く啄んだ。 「――何の真似だ?」  別段驚いた様子もなく、抑揚のない声で問う広武に対し、静夜は真正面から彼を見据えてこう言った。 「あのさ。ホントは俺の事好きなんだろ? 好きなら好きってハッキリ言ったらどうなんだよ。小学生じゃあるまいし、いちいち回りくどい言い方とかやめろ」 「お前はどうなんだ?」 「アンタみたいな男、好きになれるはずないだろ」  ソファに片足を掛けて、グッと顔を近づけて息巻いた静夜だったが、その勢いは十数秒後に呆気なく逆転された。  手首を掴まれ、腰に手を回されたままソファに押し倒された静夜の唇を、節のある長い指がゆっくりとなぞった。胸元にかかる彼の重みと、ふわりと爽やかな甘さを含んだ香りが静夜を包み込む。二人分の体重を支えるソファがギシリと軋んだ。  鼻先がぶつかるほど顔を近づけて、彼は吐息交じりに囁いた。 「――興味のない男をここまで煽ることはしない」 「どうせ、店の買収絡みで俺に近づいてきたんだろ? この腹黒男がっ」 「店の買収はビジネスの一環でしかない。俺は『デウス』が欲しいわけじゃない。お前が欲しいだけだ」  どこまでも直球でブレのない男なのだろうか。  相手を煽るつもりで振った言葉――その答えは実に真剣で、熱を孕んだものだった。
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