【3】

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 胸に圧し掛かっていた重みがゆっくりと消えていく。だんだんと冷めていく肌の熱に寂しさを感じて、静夜は唇を噛んだまま顔を背けた。  離れていく間際、彼の野性的な瞳に憂いを見たような気がして、静夜は胸が苦しくなるのを抑え切れなかった。  金色の髪がソファに散らかり、なぜか長い睫毛を透明の滴が濡らした。 「――俺のせいでナンバーワンの売り上げが落ちたと文句を言われるのも癪だ。今度、一緒に食事にでも行こう。もちろん、アフターで」  今までにない優しい声色でそう言った広武は、自らのネクタイを整えながら部屋を出て行った。  何も言わず、静かにドアが閉まる音を聞いていた静夜は、細く長い指先を軽く曲げて革のソファに爪を立てた。  綺麗に磨かれた爪が、微かに白い擦り傷を残しながら動くのをぼんやりと見つめる。 「――俺が、バカ……なのか」  息を呑むほどの端正な顔立ち、低く甘い声、強烈なオスの色香に歯が浮くようなセリフ……。その反面は、傲岸不遜で絶対的な支配力を持った腹黒策士。  そんな男に口説かれて落ちたヤツはバカで単純だと――思った。  分かっていたはずなのに、抗うことが出来なかった。  ナンバーワンホストの地位が揺らぐと分かっていても、止められなかった。  客やスタッフに対して完璧に装うことは出来ても、自分の心だけには嘘はつけなかった。 『抱かれたい……』そう思ったのはいつぶりだろう。記憶の糸を辿って、やっとその端を掴んだ時、静夜の脳裏に浮かんだのはあの男だった。  自身の初めてを捧げたチ〇コの大きな年上の男――幼い体に強烈な快楽を教え込まれ、抗えないほどの何かをくれた。 「何かって……なんだよ」  それがどうしても思い出せない。メリメリと音を立てて後孔を割り裂いて侵入したあの時の痛みも、快感も、感触もハッキリ思い出せたというのに……。  沈黙と、彼が置いていった微かな残り香の中で、静夜はソファの上で思い切り体を伸ばした。  首の根元に未だに留まったままの熱と、激しい唇の感触を思い出しながら、ゆっくりと目を閉じた。
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