【4】

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 男らしく、野性の獣の様なしなやかな体躯を持つ彼を抱いた者は、他の者を抱けなくなるほど溺れると聞く。  アソコの具合がどれほどのモノかは知らないが、静夜とはまるでタイプの違う男だという事だけは確かだ。  客によって好みは違う。しかし、彼が応接室で言ったセリフを黒咲にも言ったのかと思うと、腹が立って仕方がない。広武の思わせぶりな言動は相手を本気にさせる。やはり黒咲にも同じ手を使ったのだろう。 「――静夜さん?」  急に黙り込んだ静夜に、剣斗は恐る恐る声をかけた。  負けず嫌いで、先輩ホスト達の陰湿ないじめにも耐え、今の地位を築いてからは不動のナンバーワンである静夜が泣いたところを初めて見た剣斗は動揺を隠せなかった。  抱き寄せた手に伝わったのは嗚咽を押し殺すための震え。気丈に声を発していると分かったのは、いつも一番近くにいて静夜を見ているから。  絶対的な人気と美貌、そして何が起きても揺るがない自信とプライド。それが彼にとって最強の武器のはずだった。  振りかざした剣は刃こぼれをおこし、身を守るための盾は真っ二つに割れた。  真鍋広武という男との出会いが彼の全てを変えてしまったのだ。 「静夜さん……」  もう一度声を掛けてみる。すると、静夜はのそりと顔を上げて、真っ赤に充血した目で剣斗を睨みつけた。  くっきり二重の大きな瞳は涙で潤み、長い睫毛にも滴が光っていた。 「――コンタクト、マジ……いてぇ」 「は?」 「も、帰るわ……」 「はぁ……」  テンションが急降下し、口調も投げやりになる。ぐっと剣斗の胸を押し退けるようにして体を離した静夜は、ゆらりと歩き出した。その背中がまだ小刻みに震えていることに気付いた剣斗は再び声をかけたが、もう振り向くことはなかった。  あの涙に濡れた瞳は、決してコンタクトレンズなんかの痛みではない。もっと深いところ――そう、彼の心の痛み。  普段見せることのない彼の弱さを目の当たりにした剣斗は、なぜか自分のことのように胸が締め付けられるのを感じた。  すれ違う人々の好奇の視線に晒されながら歩く女王の姿に、彼もまた目にうっすらと涙を浮かべていた。
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