【8】

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【8】

 数ヶ月後――。  高級ホストクラブ『デウス』に姿を現した静夜は優雅にフロアを見渡して、後ろに控えていたフロアマネージャーを振り返った。  この、開店前の静けさと見えない緊張感が、静夜は堪らなく好きだ。 「いいんじゃない? 改装するって言ったからもっと派手にやるかと思ってた」 「今までの雰囲気をそのまま残すようにと、社長からきつく申し渡されていましたので……」 「ホント、そういうところに煩いよね……」  少し伸びた金色の髪をさらりと揺らした静夜は、気難しそうな顔で彼らに向かって指示を出すあの男の顔を思い浮かべ、クスッと肩を揺らした。  オーナーが一代で築き上げたこのホストクラブは、広武が代表を務める『センス』の傘下企業に買収された。  金額についてはかなり揉めたようではあったが、広武の方で所属しているスタッフ全員を残留させるという条件を含めた金額を提示したことで首を縦に振った。  組織が変われば店の雰囲気も変わる。それを懸念していたオーナーとしては、不安材料が取り除かれたことで彼に任せても良いと決断したようだ。 「俺たちも買われちゃった身だから、そう文句は言えないけど」  大きく開けた白いワイシャツの襟の隙間から見え隠れしている情痕がいつも以上に生々しい。それを見て見ぬフリをしていたマネージャーが、スタッフルームから顔を覗かせた剣斗に気付いて声をかけた。 「剣斗? 今日は早いね……。あぁ、静夜さんが来ているから?」 「おはようございま~っす! 静夜さん、相変わらずお盛んですねっ!」  マネージャーが気を遣っていたにもかかわらず、直球でその事を茶化した剣斗に大きなため息を吐く。  気怠げに剣斗を見つめた静夜の表情に、彼は息を呑んだまま動けなくなった。広武と繋がった翌日、静夜は絶対的ナンバーワンの座を捨てた。そして、男娼としての仕事を辞め、クラブの裏方へと回ったのである。  その理由は言わずもがな、広武のためであることは間違いない。  左手の薬指に光る銀色の指輪を唇に寄せ、ふっと悩まし気に微笑む姿は以前よりも美しく、色気も増している。  スカウトの塩島に言わせれば「まさしく今が旬」らしいが、静夜はこの街で輝く事よりも、愛する男と生きることを選んだ。
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