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苦笑した広武に、マネージャーと剣斗が顔を見合わせて込み上げる笑いを抑えるように口許を覆った。
夜の街で花を咲かせる者は、それなりの過去を引き摺っている。両親の離婚、虐待、社会には認められないマイノリティ。
そんな中でも、ただ一途に初恋を追いかけた二人がここにいる。
ブランクはあったにせよ、純粋な想いがなければ再び結ばれることはなかっただろう。
「俺、思ったんですけど……。真鍋社長ってこの店の名前『デウス』にイメージピッタリですよね?」
何だかんだ言ってもラブラブな二人の様子に気付いた剣斗は、ハッと思いついたように声をあげた。
静夜も隣にいる広武をチラッと見上げてから、付け加えるように毒を吐いた。
「鬼畜で、ドSで、オレ様なところがね……」
「違いますって! なんていうのかな……。本当は殺伐とした街に『愛すること』を広める……みたいな。男神っていうと荒々しくて凶暴な感じはしますけど。設定上ではめっちゃモテまくってたんですよね? 引く手数多みたいな? でも、ちゃんとその人たちを愛してる。愛してたからこそ神話が生まれてるんです」
「――なんだか、乙女的なこと言ってるけど。剣斗……頭、大丈夫?」
「え? 俺はマトモですけど?」
「そう言ってる奴ほどイカれてる……。そろそろ開店の準備したら?」
呆れた顔でため息交じりに呟いた静夜の言葉に「はいはい」と渋々応えた剣斗はバーカウンターの方へと歩いて行った。マネージャーもまた、腕時計を見ながらスタッフルームへと向かう。
広いフロアに残された二人は、どちらからともなく視線を合わせた。
「神話……ねぇ。まあ、剣斗の言ってること、分からなくもないな。この店に来る客が何を求めてやってくるかって言ったら、癒しだったり日常の鬱憤を晴らしに来るわけだろ? 現実から離れた空間でひと時の愛を買う。その相手をするのが俺たち。ただ体を売ってるわけじゃない。そこに恋愛という感情がなくても『愛』には変わりない……」
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