【3】

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 仕事で多忙な広武にアポイントメントを取り付けるのは至難の業だった。しかし、他の人に言わせれば静夜に対してかなり譲歩しているようにも見受けられた。  有名建築家が手掛けたオフィスビル。その中にある応接室に通された静夜は、革張りのソファに浅く腰掛けて、落ち着かない様子で出されたコーヒーを口に運んでいた。  こういう場所が慣れていないわけでは決してない。ただ、これから会う相手が広武というだけで胸がざわつき、余裕をなくしていた。  控え目なノックの音と同時に木製のドアが開き、姿を現したのはダークグレーのスリーピースに身を包んだ広武だった。あの夜の雰囲気とはまるで違う。あくまでも経営者としての顔を見せる彼に圧倒され、静夜は小さく息を呑んだ。 「――お前がここに来るなんて、どういう風の吹き回しだ? それとも……どうしても抱いて欲しくて体が疼いたか?」 「ば……バカなこと言うな。俺は、アンタが俺の事を抱きたくてウズウズしてるんじゃないかと思って、その顔を見に来ただけ。あんな大見得を切っておいて、実は……的な感じなんじゃないの?」  優雅な所作でテーブルを挟んだ向かい側に座った広武がわずかに目を細めて笑う。  その表情に、静夜は一瞬動きを止めた。 (この顔……どこかで?)  前回会った時には感じられなかった既視感に、強気な態度を見せながらも戸惑いを隠せなかった。 「もっと素直になったらどうだ? 強情なだけの男は可愛げがない」 「はっ! アンタに言われたくない。そういう俺が好きだって言ってくれる人は腐るほどいるわけ。アンタが嫌でも俺は一向に構わない」  足を組みかえて、横柄な態度を見せる静夜に対し、広武はそんな彼に断りを入れることなく内ポケットから煙草を取り出すと、長い指先で一本引き抜いて唇に咥えた。  あの夜、不本意ではあったが、静夜を蕩けさせた薄い唇からゆるりと吐き出される煙に目を奪われる。  それを意識してか、舌先をわずかに覗かせては美味そうに煙草を吸う広武の姿に、次第に訳の分からない苛立ちが募っていく。  何をやっても、どんな動きをしてもサマになる姿をわざと見せつけられているような気がして、蓋を開ければ劣等感ばかりの静夜の心を大きく揺さぶった。 「ムカつく……」
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