階段

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「前から何度も見かけてたんです、あの、車いすの人」 「そうだよね、俺も時々目にするよ、『すいませーん』って、声をかけてるところ」 「上まで運ぶお手伝い、自分もいつかやらせてもらいたいと思ってたんですけど、ちょっと、ためらっちゃうところがあるんですよね、だからいっつも寸前のところで、間に合わなくって」 「先に他の人に取られちゃうんだ」 「そうです。でも、あの人、そんな自分のこと、気付いたんですね」 「なるほどね、だからか」 「良かったです、経験できて」 「それだけ?、感想は」 「やっぱり大人の人は、力が強いですよ。他の人のペースについてくの、本当、大変で」  と、言いつつも、少年の表情からは、充足感がほとばしっている。 「だから今日から自分、筋トレ始めます。エラそうに人助けなんてするにはまだまだ、自分は力不足だって、思い知らされました」  自分の二本足でもって、何不自由なく歩ける自分には、あの、車いすに乗った男性の心中を計り知ることは、正直できない。だが、自分の目の前で今、顔を紅潮させ、晴れやかな笑顔を浮かべるこの少年を見て、あの男性が何故、エレベーターを使わないのかに対する答えに、ほんの少しだけ、近づけた様な気がした。少年は、バーチャルでは決して味わうことのできない何かを、得たのである。  そしてその夜、残業が押し、終電間近で帰ってきた自分は、駅の階段を下りきったところで、人の姿が完全に途絶えたの見計らって、振り返ってしゃがみこみ、あの車いすの男性と同じ高さの目線になり、改札の方を見上げてみた。 「きっと、自分たちには見えないものが、あの人には見えているんだろうな・・・」  冷たい夜風が、雑踏が生んだ一日分のチリや埃を、運んできた。  たまには世の中を、いつもとは違った角度から眺めることって、とても大事だ。
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