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手元には、小さなレガノビーンズの殻が弱火で煎られ、少しずつ弾けようとしている。 隣のソースパンではトマトソースがじわりじわりと煮つまろうとしている。温度を上げた鍋底が鮮やかに赤く重みのある液体をこびりつかせようと、虎視眈々と狙っている。僕のささやかな木べらで時折窘めてやらないといけない。 君はいくつも並べられた小皿に、一握りずつのレタスを撒いていく。 とても静かな昼前だ。 スピーカーから椎名林檎が唄う。 「報酬は入社後 平行線で 東京は愛せど 何もなし」 ちらりと君の方を盗み見る。盗み見る必要なんてない、凝視したところで、君は僕に背を向けている。 その肩が、ミュージックに合わせて、少しずつ、テンポをとって揺れている。 自然と、僕の身体も、心と一緒に踊るように、一定のリズムを刻み始める。 こんな時がずっと続けばいいのに、と思う。 佳境に差し掛かり、椎名林檎の歌声に、やがて、どちらからともなく、僕らの声は重なる。 「終電で帰るってば、」 「お茶の水!」「後楽園!」「池袋!」 そして僕らは、思わず顔を見合わせ、どちらも間違っていた歌詞を照れ隠すように笑い合う。 レガノビーンズの殻が、ぱきんと弾ける。
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