娘より、希望をこめて。

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 不安や悲しみさえ入り込む余地がないほど、虚無になった俺は、廃墟をさまよっていた。  心のどこかで、妻と娘の無事を祈っていたのかもしれない。  それがどれだけ、非現実的だったとしても。  どれほど、廃墟をさまよっただろう。  俺の目に、見慣れたモノが映り込む。  瓦礫の山の中で、レンズ表面がひび割れた腕時計を見つけた。  俺が今はめている”それ”と同じ。      娘の腕時計だ。    俺は黙って、娘の腕時計を拾い上げた。  黙って、それを見詰めていた。    周囲に部下達が集まり、怪訝な顔をしている。  だが構わず見詰めて…… 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっー!」  俺の慟哭が、廃墟を抜けていく。  未曾有の大規模テロの影響で、帝国本部は大混乱に陥っていた。  数え切れない兵士達が走り回り、秩序が崩壊している。  これなら武器庫の警備兵もテロ対応に追われて、無人のはずだ。  そう考えて武器庫に入ると、確かに警備兵はいなかったが、先客がいた。  その先客は、国王の残酷な嗜好により溢れ返ったC4爆弾を、自爆ベストに仕込み終えていた。  それを装着しようとする先客に、 「それは、老兵の仕事だ」  そう呼びかけると、先客はビクリと肩を震わせた。  ゆっくり振り返ったのは――9歳の少女の死体の前で立ちすくんでいた、新入りの若い部下だった。 「隊長、行かせてください!   やらせてください!   実行しないと、この国に未来は……」 「その通りだ。だから、俺が実行する」    俺は、静かに彼に告げた。  「しかし」と、まだ粘る彼だったが、 「貴様がそれを実行すれば、  来月生まれる子は、  永遠に父親の顔を見られない」  俺の言葉に彼は沈黙して、体を震わせている。    そんな彼から、黙って自爆ベストを取り上げ、装着した。  上から軍服を着る。 「誰かが、やらねばならなかった。  遅すぎたぐらいだ」  俺が話しかけても、彼は俯いて握った拳を震わせている。 「今回は、俺がヴィクティム――犠牲になる。  これで、俺からお前達に貸しができたな」  そう言って武器庫から出ようとする俺に、彼がすがるように問う。 「隊長!   この貸しは、どうやってお返しすればよろしいのでしょうかっ!」 「事が終わった後、新しい世界を希望で満たせ。  それが、貴様の恩返しだ」    若き部下の最敬礼に見送られながら、俺は武器庫を出た。
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