思い起こせば…

1/2
4314人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ

思い起こせば…

そもそものきっかけは、さくらの塾の模試の結果が良くなかったことに始まる。 「まだ、お受験まで時間もあるから、大丈夫だから。」 母はそう言って慰めてくれたけれど、だって、どうしても合格したいのに…。 憧れの制服なのだ。 女子校で品のある可愛い制服。 有名校なので、制服自体にも当然ステイタスがある。 「この世から、算数なんてなくなればいいのに…。」 実を言うと成績自体はさほど悪いわけではないのだが、さくらは算数だけが、苦手なのだ。 長い、さらさらの髪を母が撫でている気配がある。 「また、子供扱いして…。」 そんなことを言って膨れる様子は紛れもなく子供なのだが、母の葵は柔らかく笑う。 「そんな風に思ってないわよ?パパに相談してみるね?」 「ん…。」 そんなやりとりがあった、数週間後に、榊原悠真がさくらの家に来たのだ。 多分、会うのは数年ぶり。 部屋でうんうん問題を解いていた時、「さくら!先生が見えたわよ!」と母に呼ばれたのだ。 もー、カテキョとか…面倒い…。 けれど、両親がさくらを思ってしてくれたことは分かるので、「はあい!」と返事をして、部屋を出た。 さくらの部屋を出ると、リビングは吹き抜けになっているので、その家庭教師の姿が見える。笑い声が聞こえて…。 そして、その姿が見えた。 悠真くん?! 「悠真くん!!」 思わず、ロフトから階段を駆け下りてしまう。 わーい、悠真くんだ、悠真くんだ! 以前会ったのはいつだろうか? いつぶりだろうか、2年近く間が空いている気がする。 会えて嬉しい! 「悠真くんが先生なの?」 悠真は、にこっとさくらに笑顔を向けた。 相変わらず、引き込まれるような素敵な笑顔。背がとても高い。 こんなに見上げなくちゃいけなかったっけ? 「そうだよ。さくら、パパにありがとうは?」 「パパ、ありがとう!うわぁ、悠真くん、すごく背、伸びたのね。」 「さくらちゃん。」 え?なんで?! 名前を呼ばれて顔が熱くなる。 悠真くん、こんな風だっけ? 背も高いし、シャツとか着ていてすごく大人っぽいし、あと、声も…。 小学校6年生のさくらにしてみれば、中学3年で今度、高校生になる悠真はとても大人びて見える。 「どうしたの?」 顔が熱くて、急に心臓がどきどきし出したさくらを心配して、悠真は少し身体を傾げて、さくらと目線が合う高さで笑ってくれる。 「え?だって、悠真くん…。」 「声変わりしているからな。」 急に父が笑いを含んだ声でそんなことを言う。 声変わり…? 「別の人みたいなんだもの…。」 前から同級生の男子とは違うとは思っていた。 「さくら、お前、悠真くんを王子様のように思っているけどなあ、こいつだって、ヒゲとか生えてくるんだぞー。」 少なくとも、さくらの周りには、ヒゲの男性はいない。 一瞬、想像して泣きそうになったさくらだ。 「炯さん!」 ははははーと笑っている父を叱る母の声。 もう! 「パパ、嫌いっ!」 「さくらちゃん。」 そんな中でも、柔らかい声で、優しくさくらに話しかけてくれる。 「勉強、している?受験、するんだよね?」 もう、パパなんて知らないから。 「あ、うん。見てほしいの。」 さくらは悠真の服の袖をそっと引いて、部屋に連れて行った。 部屋に入ると、早速、悠真は机の上の参考書に目を止めていた。 さくらは椅子をもう一つ持ってくる。 そして、自分も勉強机に向かった。 「どこ?」 「うん、ここなんだけど…。」 ん…と問題を自分の方に引き寄せて、悠真が少し考えている。 「ああ、これは手法がいくつかあるからね。さくらちゃんはどう思う?」 「ん…ここまではなんとなく…。」 そう言って、さくらは途中まで問題を解いた、ノートを見せた。 「考え方はあっているよ。例えばね…。」 と、悠真がノートにさらさらと公式を書き始める。 骨ばっていて、大人びている横顔と、シャーペンを持つ指の動きと、伏せられた目元を見ていたら、なんだか、また、顔が熱い…。 「どうしたの?」 「お兄さんみたいだから。」 悠真は少しだけ困ったように見えた。 「イヤ?」 首を傾げて、悠真がさくらに尋ねる。 そうではなくて、困らせるつもりではなくて、なんか、急に大人になってしまったようで、どうしたらいいのか分からなくなっただけで。 前から、大好きだったけれど、なんだか、今はそんな風に言っていいのか分からない。 でも、イヤってことは絶対にない。 「あのね…なんか、本当に別の人みたいで。」 「さくらちゃんも綺麗になっていくよ。会うたびに。」 大人みたいな声で、そんなこと言わないでほしい。 すごく、すごくドキドキする。 それにすごく真っ直ぐな目で見られると…。 顔が熱くなる。 「顔…真っ赤だ。」 「え…。」 さっきから、顔が熱いと思っていたら、赤くなっていたんだ! 「うわ、すっごく恥ずかしい。」 「頬がピンク、可愛いよ?」 「恥ずかしいから、見ちゃダメ。」 「さくらちゃん、大丈夫。僕には平気だよ?」 ぽんぽんと頭を撫でられる。 うっ…子供扱いされている。 「ほら、大丈夫だから、お勉強しようね?」 はい…先生…。 その後は徐々に、悠真に慣れてきたり、時折どきどきもしながら、何ヶ月か家庭教師として、教えてもらって、さくらは志望校に合格したのだった。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!