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思い起こせば…
そもそものきっかけは、さくらの塾の模試の結果が良くなかったことに始まる。
「まだ、お受験まで時間もあるから、大丈夫だから。」
母はそう言って慰めてくれたけれど、だって、どうしても合格したいのに…。
憧れの制服なのだ。
女子校で品のある可愛い制服。
有名校なので、制服自体にも当然ステイタスがある。
「この世から、算数なんてなくなればいいのに…。」
実を言うと成績自体はさほど悪いわけではないのだが、さくらは算数だけが、苦手なのだ。
長い、さらさらの髪を母が撫でている気配がある。
「また、子供扱いして…。」
そんなことを言って膨れる様子は紛れもなく子供なのだが、母の葵は柔らかく笑う。
「そんな風に思ってないわよ?パパに相談してみるね?」
「ん…。」
そんなやりとりがあった、数週間後に、榊原悠真がさくらの家に来たのだ。
多分、会うのは数年ぶり。
部屋でうんうん問題を解いていた時、「さくら!先生が見えたわよ!」と母に呼ばれたのだ。
もー、カテキョとか…面倒い…。
けれど、両親がさくらを思ってしてくれたことは分かるので、「はあい!」と返事をして、部屋を出た。
さくらの部屋を出ると、リビングは吹き抜けになっているので、その家庭教師の姿が見える。笑い声が聞こえて…。
そして、その姿が見えた。
悠真くん?!
「悠真くん!!」
思わず、ロフトから階段を駆け下りてしまう。
わーい、悠真くんだ、悠真くんだ!
以前会ったのはいつだろうか?
いつぶりだろうか、2年近く間が空いている気がする。
会えて嬉しい!
「悠真くんが先生なの?」
悠真は、にこっとさくらに笑顔を向けた。
相変わらず、引き込まれるような素敵な笑顔。背がとても高い。
こんなに見上げなくちゃいけなかったっけ?
「そうだよ。さくら、パパにありがとうは?」
「パパ、ありがとう!うわぁ、悠真くん、すごく背、伸びたのね。」
「さくらちゃん。」
え?なんで?!
名前を呼ばれて顔が熱くなる。
悠真くん、こんな風だっけ?
背も高いし、シャツとか着ていてすごく大人っぽいし、あと、声も…。
小学校6年生のさくらにしてみれば、中学3年で今度、高校生になる悠真はとても大人びて見える。
「どうしたの?」
顔が熱くて、急に心臓がどきどきし出したさくらを心配して、悠真は少し身体を傾げて、さくらと目線が合う高さで笑ってくれる。
「え?だって、悠真くん…。」
「声変わりしているからな。」
急に父が笑いを含んだ声でそんなことを言う。
声変わり…?
「別の人みたいなんだもの…。」
前から同級生の男子とは違うとは思っていた。
「さくら、お前、悠真くんを王子様のように思っているけどなあ、こいつだって、ヒゲとか生えてくるんだぞー。」
少なくとも、さくらの周りには、ヒゲの男性はいない。
一瞬、想像して泣きそうになったさくらだ。
「炯さん!」
ははははーと笑っている父を叱る母の声。
もう!
「パパ、嫌いっ!」
「さくらちゃん。」
そんな中でも、柔らかい声で、優しくさくらに話しかけてくれる。
「勉強、している?受験、するんだよね?」
もう、パパなんて知らないから。
「あ、うん。見てほしいの。」
さくらは悠真の服の袖をそっと引いて、部屋に連れて行った。
部屋に入ると、早速、悠真は机の上の参考書に目を止めていた。
さくらは椅子をもう一つ持ってくる。
そして、自分も勉強机に向かった。
「どこ?」
「うん、ここなんだけど…。」
ん…と問題を自分の方に引き寄せて、悠真が少し考えている。
「ああ、これは手法がいくつかあるからね。さくらちゃんはどう思う?」
「ん…ここまではなんとなく…。」
そう言って、さくらは途中まで問題を解いた、ノートを見せた。
「考え方はあっているよ。例えばね…。」
と、悠真がノートにさらさらと公式を書き始める。
骨ばっていて、大人びている横顔と、シャーペンを持つ指の動きと、伏せられた目元を見ていたら、なんだか、また、顔が熱い…。
「どうしたの?」
「お兄さんみたいだから。」
悠真は少しだけ困ったように見えた。
「イヤ?」
首を傾げて、悠真がさくらに尋ねる。
そうではなくて、困らせるつもりではなくて、なんか、急に大人になってしまったようで、どうしたらいいのか分からなくなっただけで。
前から、大好きだったけれど、なんだか、今はそんな風に言っていいのか分からない。
でも、イヤってことは絶対にない。
「あのね…なんか、本当に別の人みたいで。」
「さくらちゃんも綺麗になっていくよ。会うたびに。」
大人みたいな声で、そんなこと言わないでほしい。
すごく、すごくドキドキする。
それにすごく真っ直ぐな目で見られると…。
顔が熱くなる。
「顔…真っ赤だ。」
「え…。」
さっきから、顔が熱いと思っていたら、赤くなっていたんだ!
「うわ、すっごく恥ずかしい。」
「頬がピンク、可愛いよ?」
「恥ずかしいから、見ちゃダメ。」
「さくらちゃん、大丈夫。僕には平気だよ?」
ぽんぽんと頭を撫でられる。
うっ…子供扱いされている。
「ほら、大丈夫だから、お勉強しようね?」
はい…先生…。
その後は徐々に、悠真に慣れてきたり、時折どきどきもしながら、何ヶ月か家庭教師として、教えてもらって、さくらは志望校に合格したのだった。
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