思い起こせば…

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そして、迎えた入学式なのだ。 学校から少し離れた駐車場に、父は車を停める。 「学校まで乗り付けるのはマズイな。」 「そうですね、少し前の駅から行きます?」 「…だな。オレは途中で抜けるけど。」 「はい。あ、役所、行っておきますね。」 「うん。よろしく。」 学校まで、車では乗り付けない。 こういう気遣いが父らしい。 3人で、手前の駅で降りて、学校の最寄りの駅まで電車で向かう。 駅から学校への道の途中、桜が満開になり、桜吹雪になっている道を歩いた。 ここを毎日通うんだ…。 そう思うと感慨深いさくらだ。 「さくらちゃん!」 校門のところで会ったのは、受験の日に横の席で仲良くなった、水野(みずの)陽菜(ひな)だった。 その名の通り、お日様のように明るい子だ。 「陽菜ちゃん!」 「クラス発表、見たら同じクラスだったよー!」 「ホント?すごい!嬉しい!!」 女の子同士できゃっきゃしている様子は何だか、微笑ましい。 成嶋と葵が見守っていると、突然、声が聞こえた。 「成嶋課長?!葵ちゃん!」 声を掛けてきたのは、成嶋と葵が出会うきっかけとなった、銀行の支店でチームとして、一緒に働いていた、水野美樹だ。 相変わらずのロングの髪をふわりとさせて、お姉さん、な雰囲気は変わらない。 「あれ、水野か?」 成嶋も懐かしそうに目を細める。 「さくら、陽菜ちゃん、しか言わないから分からなかった。」 課長、と呼ばれた成嶋は水野に笑顔を向ける。 「もう、課長じゃねーよ。」 「私にとっては課長、ですからねぇ。退職されて、コンサルタントされてるんですよね?今、専務、でした?」 水野は、ふふふっと笑う。 「よく、知ってんなー。」 「ま、この業界ですから。あ、成嶋専務ってお呼びします?」 「ざけんなよ。オレは誰にも役職名では呼ばせねーからな。」 「ママ、お知り合い?」 陽菜が母に尋ねる。 親同士が、急に仲良く話し始めたので、キョトンとしてしまう子供たちだ。 「うん。前の会社で一緒だった人たちなの。」 水野は最初の子が出来たときこそ、産休を取り復帰したと聞いていたが、2人目の子が出来たときには、退職した、と葵は成嶋から聞いていた。 その2人目、がさくらと同い年だったようだ。 「上のお子さんは?」 「お兄ちゃんはもう、高2よー。やーねー。歳取るハズだわ。」 「変わらないですよねぇ。」 「あら、褒めても何も出ないけど、葵ちゃんもよね。相変わらず、小動物のような可愛らしさよね。成嶋氏とは…うん、仲良さそうね。成嶋氏の行動の早さにはびっくりしたけど、相手が葵ちゃんじゃね。」 さくらの父である成嶋炯は当時、部下であった葵と、恋に落ち、思いが通じた直後に籍を入れたスピード婚だった。 葵ちゃんを誰にも取られたくなかったんでしょうね、と水野はにやりとする。 「あははー。」 「大丈夫?マグロ漁船になってない?」 「家がマグロ漁船とか、すごく嫌ですう。さすがにそれは、ないですね。でも、帰ってこないですけど。遠洋漁協に出てると思ってます。」 「そっちかぁ。」 何の話だろう、と子供達はきょとん、としている。 当時、成嶋課長率いる、営業1課チームは期末のあまりの業務の過酷さに、自宅に帰れない、とマグロ漁船、と呼ばれていたのだ。 確かに、今は家はマグロ漁船ではないが、成嶋が仕事を忙しくしているのは相変わらずで。 もう、遠洋漁業に出ているようなものだ。 「てか、あははっ!相変わらずなのね。」 「はい!」 「悪口、聞こえてっからな。」 成嶋が、葵の後ろから、そう指摘する。 懐かしい雰囲気に、同窓会のようになってしまった。 その後は、みんなで講堂に移動し、入学式に参加する。 成嶋は予定があるから、と、そのまま帰った。 お茶でもして帰ろうか、とさくらと、葵、水野と陽菜が校門で話していると、 「母さん!陽菜!」 と話しかけてくる、制服の高校生。 「お兄ちゃん!」 笑顔になる陽菜だ。 「あら、柊人(しゅうと)、終わったの?」 「うん、挨拶だけだし。」 水野が、息子の柊人、と紹介してくれる。 葵は水野が出産してから、一度だけ遊びに行ったことがある。 確か、あの時はベビーベッドですやすや寝ていたんだけどなあ。 あの時のベビーは、今は身長も170センチを超えていそうな、イケメン高校生な訳だ。 「柊人、みんなでお茶でも行こうかって言ってるんだけど、あなた、どうする?」 「んー、…。」 柊人が迷っていると、陽菜がお兄ちゃん、一緒に行こうよ!とねだる。 「もう、陽菜、仕方ないなあ。」 そんなやりとりを、さくらはにこにこして見ていた。 陽菜はお兄ちゃんっこのようだ。 それも分かる気がする。 陽菜の兄の柊人は、美樹に似た美形で、中学生になりたてのさくらからすると、制服も板についたカッコイイお兄さん、という感じだ。 見ていて、陽菜にはとても甘いし、いいお兄さんなのだろう。 一人っ子のさくらにしてみれば、お兄さんがいる、というのはとても羨ましい。 「さくらちゃん、お兄ちゃんの学校とうちの学校は交流があるんだよ。」 だから、この学校にしたんだー、と陽菜はにこにこしている。 「え?そうなの?」 「うん。年に何度か、交流学習、みたいなものもあるよ。まあ、中等部の方だけど。俺はもう、高等部に上がってしまったから。でも、中高合同でも行事や勉強会もあるんだよ。さくらちゃんも良かったら参加するといいよ。」 さくらにも、優しく教えてくれる柊人は、なるほど、お兄ちゃん、な感じだ。 「心強いなあ、いろいろ教えてください!」 「もちろん。」 にこっと、さくらに微笑みかける。 仲良くなった子供達を、葵と美樹は微笑ましく見ていた。 近くのホテルのラウンジで、お茶をすることとなり、移動する。 その間も、子供達は仲良くはしゃいで会話していた。
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