桜の中の入学式

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桜の中の入学式

4月は大好きな季節だ。 「さくら、もう出れる?」 「はい。」 憧れの私立中学の制服を身につけて、成嶋さくらは鏡の前でにっこり笑った。 母譲りの色素の薄い、肌と髪と瞳。 さらっとした髪は背中の中程まで伸びているが、今日はその髪をサイドで止めている。 ハッキリ言ってお人形のような愛らしさだ。 「お!似合うな!」 「さくらちゃん、可愛い!」 春色のワンピースに、スプリングコートの母も、可愛いとさくらは思うのだが。 今日は入学式だ。 いつもは忙しい父も仕事を抜けて来てくれて、両親には愛されているなあと思う。 家族は多分、仲が良い方だろう。 父はコンサルティング会社の役員をしている。 忙し過ぎて、家にいる時間はとても短いが、その限られた時間の中でも、家族や仲間をとても大切にする人だし、とても尊敬出来る人だ。 子供の頃から、父の周りにいる人は母も含め、父をとても尊敬していることをさくらは知っている。 母はその父が不在の間、ずっと家を守って来た専業主婦だ。 けれど、この春先から、引っ越しして、街中に近くなったことと、さくらが進学することで、復職しないかと元の職場から未だに強く勧誘されている。 先日も連絡があり、どうしましょう、と父に相談していた。 父は、いつになく迷っている様子だった。 「葵が仕事したいなら、してほしいとも思うんだよな。オレは基本的に女性が仕事するのは歓迎だし。さくらももう手がかかる年でもないからな。でもなー、本当の意味で仕事をちゃんと出来る人だからなー…。」 父は母のことを名前で呼ぶ。 その様子は時折、子供のさくらですら、照れてしまうこともあるくらいだ。 そんな父は、母のために助手席を開け、その後、さくらのために後部座席を開けてくれる。 「ドア、閉めるぞ。」 「ありがとう。」 「さくらも、気をつけろよ。」 「はーい。」 仲が良くて、魅力的な両親は、さくらの憧れでもある。 こんな夫婦っていいなあ、と思うのだ。 そんな時に、ふと頭に浮かぶのは、さくらの憧れの人だ。 先日まで、さくらの受験の勉強を見てくれていた。 父の取引先の、ご子息。 榊原悠真(さかきばらゆうま)だ。 悠真の最初の記憶は、幼稚園の頃の事だ。 悠真は、幼稚園のおゆうぎ会に来てくれて、さくらをお姫様だ、ととても褒めてくれた。 さくらからしたら、悠真が王子様のようだと思うのに。 『さくらちゃんはお姫様だね。大好きだよ。』 優しい笑顔で、いつもそう言ってくれる。 父親同士が仕事をしている関係で、お互いの家族で会う事もあり、悠真に会うことは、さくらにとっても楽しみなことだった。 榊原トラスト、という不動産からスタートした複合企業の現CEOの子息、である榊原悠真は、生まれた時から将来を約束されたような、おぼっちゃまで、その背景も見た目も王子様、だ。 その悠真は今も、その幼少時のさくらと撮った写真を、部屋に貼ってくれている。 時折、父もメールで近況を知らせているようだ。 さくらも、悠真と撮った、そのおゆうぎ会の時の写真を、今もフォトフレームに入れて飾っている。 さくらは、子供の頃から沢山の写真を撮ってもらっているので、部屋には、たくさんの写真が飾れる大きな額もあるのだが、その写真だけは特別だ。 だから、別にフレームに入れて飾っているのだ。 大好きで、憧れの王子様のような人。 それが、成嶋さくらにとっての榊原悠真だった。 悠真はさくらの3才年上になる。 入学するまでは、自分自身も受験生でありながら、さくらの勉強を見てくれていた。
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