1

12/12
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ
 苦笑混じりに、母が瞳の前の椅子に座る。むすっとした顔で、瞳は母を無言で睨んだ。 「言い返せないんでしょう? だから瞳の負けなのよ。自分が一番わかってるでしょ?」  穏やかな喋り方は、母の気性がよく表れている。  うーあーと、言い返せず呻いている瞳を尻目に、ランドセルを背負った大哉が、行ってきますの声も元気よく家を出て行った。それを瞳はじと目で見送ると、食事を続行する。  (しばら)くして、母は食器の片付けをするために、台所の奥へと引っ込んで行った。瞳はその後ろ姿を見ながら、なんとはなく今朝の夢を思い出した。 「……入学式だって言うのに、あんな夢みるなんて……最悪」  瞳はぼそぼそと独りごちる。  爛々と赤く光る生き物の目。耳の奥で響いた、低い唸り声。  ぞくりと背筋に鳥肌が立った。まだ、あの赤い目に、絡め取るようなあの視線に見られているように錯覚する。瞳はそれを振り払うように首を振った。これ以上は夢のことは考えないようにしようと、自分に言い聞かせた。  ――大丈夫。どうせただの夢なんだから…。
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!