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 瞳はそっとその幹に触れる。ざらざらとした皮を撫でながら、また頭上を振り仰いだ。春の強い風が、木々の葉を揺らしていく。その音は、まるで大雨が降ったようだった。  瞳は風が止むまでの間、思わず息を詰めていた。風が止み、あたりの音が静まると、息を吐き出す。昔から、なぜか強い雨音、またはそれに似た音が苦手だった。  すると、また不意にあたりがざわめき始める。ぴりぴりと空気が緊張で震えているようだった。  不審に思った矢先、瞳に向かって突風が吹き付けた。まるで御神木の中から吹いてくるようである。手が触れる幹の下から大きく膨れ上がり、そのまま瞳の中を通り過ぎ、()き乱すように駆け抜けていった。急に一人、暴風雨の中に放り出されたようだ。  瞳は風に煽られまいと、必死で足を踏ん張っていたが、突然頭に鋭い痛みが走った。思わず身体を強張らせる。痛みはほんの一瞬で引いていった。しかし、その一瞬の隙をつかれて、風に押される。後ずさった(かかと)が木の根に引っ掛かり、バランスを崩した。 「あっ!」  瞳は次に来る衝撃に身構えて、思わず(まぶた)を固く(つぶ)った。後ろに倒れていくのを風が助長する。  行き場を失い、空を切るしかない瞳の手を、不意に誰かが掴んだ。重力に任せるしかなかった体が止まり、一度ためがあると、強い力で上に引き上げられた。
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