第一章 ヒールとスニーカー

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「姉ちゃん!」  呼びかけられ、揺すぶられ、少女はゆっくりと目を開けた。 「起きた!」  目の前には、二つ年下の弟がいた。 「大丈夫、姉ちゃん?」  いつもは生意気なくせに、珍しく心配そうな顔をしている。それもそのはずだ。なぜか、自分は地面に倒れていた。  ここは、いつもの裏山?  ゆっくりと体を起き上がらせ、汚れたセーラー服を無意識に整えながら、視線を彷徨わせる。 「タローがさ、一人で走って家に戻ってきたから、何かと思って。俺ひっぱっていくからついてきたら、姉ちゃんが倒れてたんだ。具合悪いの?」  弟の言葉に、首を傾げる。  飼い犬のタローを連れて、散歩に来たことまでは覚えてるのに。 「よく、わかんない」  タローが頭をすり寄せ、心配そうにこちらを見てくる。 「大丈夫? とりあえず、家に戻ろう。歩ける?」  本当に心配させてしまったのだろう。弟が珍しく優しい。差し出された手をつかみ、立ち上がると、弟に先導されてゆっくりと山を降りていく。  いつもの裏山。だけど、今日は何かが違った気がする。思い出せないけど。  でも、思い出せない方が、いい気もする。 「うぅぅぅ、わん!」  タローが一度振り返り、何もいない土塊に向かって吠えた。
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