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神崎の予感
明日美の言う通り、私は歪んでいるかも知れない。
でも仕方ないじゃない。殺されたいし、殺したいんだもの。生まれた欲望を抑えるには、どうしたらいいと言うの。
「ウケないネタの為に、無駄な労働力を使わせるなよ。それに、深澤さんみたいに居着いてくれる子、滅多にいないんだぞ。分かってるのか?」
「任せて下さいよ。劇場が、笑いで揺れますから。新聞記事になるかも。渋谷の一部だけ、地震が発生したって。・・・・深澤さん。風邪ひいてるの?顔、真っ赤だよ。大丈夫?」
岡崎が心配してくれた。嬉しかった。
「大丈夫です」
と答えようとした時、
「遅れて悪い!バスが渋滞に巻き込まれて」
岡崎の相方の伊藤が入って来た。
「よし、早速ネタ合わせしようぜ」
摂と神崎のいる舞台から、伊藤のいる観客席に移動してしまった。
「どうだかね」
ネタ合わせをしている「おたんこたす」を見て、神崎は呟いた。
「この間、摂ちゃんが休みの日に、みっちゃんが辞めたいって言い出したよ」
驚いた。「みっちゃん」は摂と同時期にバイトをはじめて、
「頑張って芸人さんを、支えていこうね」
と約束したのに。
「辞めたいって言われたら、俺も止められないよ。あいつらのネタはウケないし、時給は安いしで、報われないもの。摂ちゃんは、よく頑張れるね」
摂が雑用のバイトを続けているのは、岡崎に殺される為だと思っていないだろう。純粋にお笑いが好きで、責任感が強いからだと解釈している。
「摂ちゃんも、辞めたくなったら、辞めた方がいいよ。生活かかっていないんだろう?いいバイトは、他にもあるし。俺も、独り身だったら他の事務所に転職したいよ」
神崎には妻と、生まれたばかりの男の子がいる。だから、下手に退職する訳にはいかないのだ。
「さぁ、下手に小道具作りの続きを始めようか。ごめんね。色々手伝わせて。どうせ無駄に終わるだろうけど」
神崎の予感は、見事に的中した。
この日のライブも、「おたんこたす」だけではなく、どの芸人達のネタも滑り倒し、神崎の言う「催眠術」と、なったのだった。
ライブ終了後、舞台袖の神崎は大きくため息をついた。
無理もない。小道具作りに摂と神崎は、六時間もの時間をついたのだった費やしたのだから。
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