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摂の嫉妬
廊下では、神崎が真島に
「『おたんこなす』を切って下さい」
と直訴している。
もし、真島が神崎の直訴を受けて、「おたんこなす」を切ってしまったらどうしよう。もう岡崎祐輔に会えなくなってしまう。そうしたら殺される事も、殺す事も出来なくなる。願望が叶わない。
(殺してしまおうか)
そんな考えが深澤摂の中に浮かんだ。そうしたら、岡崎は永遠に摂のもの。離れたらどうしようなんて、考えずにすむ。
その時である。ピンで活動している高田美幸という女芸人が、
「大丈夫だから、岡崎君」
そう言って岡崎の肩に触れた。
「真島さんだって、鬼じゃないんだから。簡単に切ったりしないって」
「そうかな」
「そうだよ。心配する事ないから」
二人のやり取りを、観客席の隅に立っていた摂は、呆然と眺めていた。
(触らないで。私だけなの)
じっと、岡崎と高田を見た。
(私だけなの。岡崎さんに触れていいのは。馴れ馴れしく触らないで)
私だって、まだ触れた事もないのに。
どす黒い、なんと形容していいのか分からない感情が、摂の中に浮かんだ。高田美幸も、岡崎祐輔が好きなのだろうか?それで、摂に見せつけるように岡崎の肩に触ったりしているのか。
(触れるだけじゃない。殺すのも、殺されるのも、私だけ)
この感情を「嫉妬」と呼ぶ事に、摂は気がついていない。
(岡崎さんに馴れ馴れしくするなら、あんたを殺すよ?)
摂と美幸の視線がぶつかる。
「まぁまぁ、神崎君」
真島が神崎を宥めている声が聞こえた。
「あの子達も、まだデビューして五年だから。もう少し、様子を見ましょう。未知数ですよ」
「五年であれなのに・・・・・」
神崎は不満そうだが、プロデューサーには逆らえない。かくして、「おたんこなす」のクビは繋がった。
「良かったね、岡崎君」
高田美幸の手は、今度は岡崎の背中をさすっている。
(あの女、やっぱり・・・・)
岡崎より先に、高田美幸を殺してしまいたい。高田美幸だけではない。岡崎に馴れ馴れしくする女は全員、殺してしまいたい。
摂は、そんな事を考えた自分に驚いた。
こんな事を考えたのは、生まれて初めてだった。
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