あまいかおりのなかで

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 いた。  ぼくの横に、男の子が。  ――いた。  ぼくよりもずっと小さな子で、丸ぼうず。そでなしのシャツに、短パン、ゴムぞうりというかっこうだった。  あの時の――あの時の子だ。  その男の子とは、しちりんでおもちをやいていた時に一度会っている。あの時とまったく同じかっこうだった。  うわっ、どうしよう。……正直、こわいんだけど。 「むこうのウメもちぎるのか?」  男の子がくりかえし聞いてきた。 「やってみようかな、と思っているんだけれど」  と、どうにかこたえた。足がすくんでいる。とびのきたいけど、出来なかった。 「では、力をかしてやろう。もちを食わせてもらったおかえしってやつだ」  男の子はにんまりわらった。 「う、うん。それじゃ、ちょっと。……きゃたつを持ってくるよ」  そう言って、その場をはなれた。  どうしよう。どうしたらいい?  なにも思いつかないまま、きゃたつをかかえてもどる。男の子は――じっとまっていた。  いるよ。本当に、いる。  どうしよう。  男の子がなにものであるのかは、わからない。ただ、ぼくらとはべつななにかじゃないのかな、とはかんじている。 「お前は下だ。はしっこの、手がとどくところでやっていろ」  男の子は地めんにおいていたバケツを引ったくると、ぼくがせっちしたきゃたつを上がり、ゴムぞうりのままウメの木にとびうつった。体にふれるえだやはっぱを気にもせず、わしわしとウメをちぎっていく。  ぼくはみをよじった。 「あ、あのさ。レジぶくろの方がいいんじゃない? ぼく、持って来てるけど」 「いや、これでいい。さわりない――問題ないぞ」  男の子が手にしたバケツをふった。 「そ、そう」  ポケットをさぐろうとしていた手を止める。ぼくの手のひらはじんわりしめっていた。  ぼくも手近なウメをちぎろうとしたけれど。とてもじゃないけど、集中出来ない。 「下から見て、ウメがなっているところを教えろ」  気がつくと男の子が下りてきていて、バケツのなかみをあらいおけにうつした。小さめのバケツだけれど、もう、いっぱいになっていたのだ。
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