【泣きぼくろ】

6/13
前へ
/13ページ
次へ
{3} 「お、今度来たヘルパーさんは、ベッピンさんじゃな!婆さんの若い頃にそっくりじゃ!ヒヒヒ」 と… これが、私が初めて鈴木さんの家を介護の仕事で訪れた時の、彼の第一声だった。 「はじめまして! 三浦と申します!どうぞよろしくお願いします!」 と、私は鈴木さんに努めて冷静に頭を下げた。 「ふん!どうせ、あんたも他のヘルパーみたいにシッポを巻いて逃げ帰るんだろうて!ま、いつまで続くか分からんが、よろしくな!」 鈴木さんは、いやらしくニヤニヤ笑いながら、小馬鹿にしたような物言いをした。 私は、鈴木さんの事について、事前にいろいろと会社から話を聞いていた。 彼の家は、市街地から離れた郊外に建つ木造の一軒家だ。 定年まで、ずっと小学校の校長先生だったとの事である。 元々は、この家にご夫婦で生活していたのだが、 奥さんが数年前に病気で他界。 それ以来、彼は一人で暮らしている。 奥さんが亡くなった時、 鈴木さんは相当にふさぎ込んでしまったんだとか。 娘さん夫婦が「お父さん。一緒に住もうよ」と言っても、 鈴木さんは「ワシはお前らの世話になんぞならん!」 と、その申し出を突っぱねて、この家に一人で暮らし続けているとの事だ。 まだ背筋が伸びて、しゃきんとしているのだが、足が悪く、あまり一人で外を出歩けないのだそうである。 こうして… 週に二日、 私が鈴木さんの家に仕事で訪れる日々が始まった。 『それにしても…』 と、私は内心で思う。 鈴木さんは、目鼻立ちが整っていて背も高い。 右目の下に有る、泣きぼくろも、凄く印象的だ。 『若い頃は、イケメンで結構モテたんじゃないかな…』 しかし… 彼は、その端正なルックスとは裏腹に、飛び出す言葉の数々は、そのほとんどがイヤミなものばかりだった。 「全く!最近の若い娘は体の発育は良いが、頭の中身は空っぽじゃな!」 「生きていた頃の婆さんなら、そんな手抜き掃除は、しなかったぞ! ほらほら!次は洗濯じゃて!」 それと、彼は隙有るごとに私のお尻を触り、 その度に 「ヒヒヒ。済まん済まん。手が滑っちまった」 と、下世話に笑った。 まあ、私も介護の仕事は、ある程度、経験を積んできたつもりだ。 そう言った、イヤミの一つや二つやセクハラは、平然と流したし、仕事も自分なりに懸命にこなした。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加