【泣きぼくろ】

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{4} そんな、いつも傲慢とも取れる態度を繰り返す鈴木さんだが… 家事の事となると、からっきしダメだった。 私がやる掃除や洗濯には、散々、ケチを付ける割りには、自分は洗剤や雑巾の有る場所を全く知らない。 それらは、奥さんが亡くなって以来、この家に通っていた私の前任のヘルパーさんたちが自分で探し出したり買い足したりして使っていた。 私も、前任のヘルパーさんたちから、そういった事を引き継いでいたので、それに習って使った。 そして、案の定… 鈴木さんは料理に関しても、からっきしだった。 醤油や味噌の有る場所を知らなければ、自分一人の時はインスタント食品ばかり食べている。 いくら何でも、独り暮らしをしているとは、とても思えない体たらくである。 これまで全て、家の事は生前の奥さんや前任のヘルパーさんたちに任せっきりだったのだろう。 そのくせ、やっぱり彼は、 私が作る料理には文句を付けた。 しかし… 「ああ、婆さんが作った味噌汁が飲みたいのぉ」 鈴木さんのその言葉には、いつものイヤミな感じは、微塵も無く、情感がこもっていた。 私は、鈴木さんに思い切って聞いてみた。 「あの、鈴木さんの奥さんが作った味噌汁って、どんな味だったんですか?」 「…へ?」 私は、鈴木さんがぼそぼそと語る言葉を『手掛かり』に、 味噌や出汁の分量を変えたり、具の玉ねぎやお豆腐を切る大きさや煮込む時間を変えたりして、 改めて味噌汁を新たに作り、鈴木さんに出してみた。 と… 「美味い!! こ、これじゃ!これじゃよ!婆さんが作った味噌汁の味は!」 何と! 鈴木さんが初めて私が作った味噌汁の味を誉めてくれたのだ! 私は… 思い切って、彼にこう提案をしてみた。 「あの、鈴木さん? 私が教えるから、自分で味噌汁を作ってみない?」 「な、何じゃと?」 鈴木さんは、最初は変な顔をして驚いたが… 「まあ、どうせ暇だし、あんたに付き合っちゃるか」 と、渋々な様子ではあったが、賛同してくれた。 こうして… 私と鈴木さんの『特訓』の日々が始まったのだった。 最初は、玉ねぎの切り方から始まり… 入れる出汁や味噌の分量や鍋に溶かすタイミング、 そして、それらを煮込む時間などなど…。 様々な事を私は彼に教えた。
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