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2(攻め視点)
「稜。今夜暇か?」
世間を騒がしている疫病のために最近俺の店は夜八時で営業をやめている。飲酒も制限されているので長引く客も少なく、片付けを含めても九時には店を出ることができた。
店はランチにうまくシフトできたので夜の営業が短くなってもそう痛手は受けなかった。
むしろ夜に恋人と過ごす時間が増えたくらいだ。
「は?」
「明日学校休みって言ってなかったか?」
「はあ」
昨日まで中間試験で休んでいて、今日一週間ぶりに出勤をしてきた稜。
試験は今日までで明日から3日ほど試験休みなんだという。
手に持っていた稜のスマホを取り上げ、俺は言った。
「うちに電話しろ。…今日はバイト先の先輩の家に泊まりますって」
「え?」
怪訝そうに稜は俺を見た。
「泊まるって?」
二人で食事に行っても、ナニをしても、九時にはきっちりと帰宅させていた。相手は高校生だ、親に悪い印象をつけるわけにはいかない。
ただでさえ一回り年上だというのに。
「でも、着替えとか」
歯切れが悪い。
うつむき加減で戸惑っているようだ。
「コンビニで買っていけば良いさ。親、厳しめ?」
「いや、大丈夫だと思います、けど」
「じゃ」
俺はレジに鍵をかけると振り向いた。
「どうした?電話したか?」
まだスマホを持って固まっている稜に俺は声をかける。
「え?あ…はい。」
促され、稜はスマホをタップする。
電話では無くメッセージアプリで伝えるらしい。
一瞬待つとぴこっと音がした。
「了解だそうです」
稜は俺にスマホの画面を見せると、そこにはウサギがサムズアップしているスタンプが光っていた。
俺の家の近くのコンビニに寄って稜の歯ブラシや下着、コンドームが残り少なかったも思いだしかごに入れ、ビールやソフトドリンク、簡単なつまみもいれる。
コンドームに気づいた稜が恥ずかしそうにうつむき、先に外に出ていると言って店のドアをくぐった。
今時の男子高校生、結構純情だなと俺は可愛く思った。
俺の家に着いて交代でシャワーをあび、俺は俺のスエットをダブリと着た稜にまたもや下半身に熱を与えられ、頭の中で化学式を最初から諳んじる事になった。
ソファの前のローテーブルに飲み物やつまみを並べると俺はクローゼットからゲーム機を取り出した。
「稜、対戦だ。」
「は?」
取り出してきたのは、先日のスイッチ。
この前使ったグレーと、今日はターコイズもある。
「今日はお前に勝つまで、やる。」
「へ?は?あの…」
稜は俺とゲーム機を交互に見ると、ああ、となんだか残念そうな表情を作った。
「稜、どうした?」
「いや、あの…」
ブツブツと稜は何か呟いたが、キッと一度俺をにらむと自分のリュックを引き寄せた。
「自分の、あるから」
そういうとピンク色…いや、コーラルか…のスイッチを取り出した。
「わざわざ、もう一台買ったんですか?」
「ああ、お前が持ち歩いて無いかもしれないと思って」
「先にきけば良いじゃ無いですか」
はあ、と稜は盛大にため息をつく。
「いや」
事前に言ってしまえば泊まりを断られるかもしれないと思って当日まで待っていたなんて言えないし。
「…泊まるってこういうことかよ」
「え?」
ぽつりと稜が何か言ったが小さすぎて聞こえなかった。
「いや、わざわざ誘ったって事は相当上手くなったんでしょうね?」
稜はちょっと生意気な口調で言った。
「あ、いや、うん」
「いいですよ、やりましょう」
ゲーム機の電源を入れる。
四人対戦でゲームは進む。
今回は稜マリオ、谷本ヨッシー、コンピューターはルイジとピーチ姫だ。
俺はあれから練習しマリオとの相性が悪いことだけはわかった。なのでマリオは稜に譲り今回はヨッシーで対決することにした。
しかし、何度やっても俺は稜を超えられない。
いつもマリオの尻を追いかけることになる。
まあ実際でも稜の尻を追いかけているので大差はない気はする。
「ずいぶんやりこみました?」
「何でわかるんだ?」
「プレイ時間、30時間越えていましたよ」
俺、20時間くらいしかやってないですよ…しかも数年前のソフトで。
俺が試験勉強でうんうん言ってる間にどんだけやったんですかねえ…
マリオを操作しながら薄ら笑いで稜がつぶやく。
「毎日少しずつだ。…こういう修行はまとめてやっても身にならない。」
「修行って…」
ぶはっと稜は吹き出した。涙まで流して爆笑している。
「うるさい。稜、笑いすぎだ。」
クールビューティが売りの高校生のくせに、と思った瞬間、稜マリオがゴールし、画面にフィニッシュ!とロゴが踊る。
「あーあ」
俺はがっくりと肩を落とした。
それからも言葉少なく勝負が続くが、俺は良くて二位どまりで稜を抜かすことができなかった。
コンピューターには勝てるようになったのは進歩だろうか。
しかし、何回対戦して、何時間過ぎた頃だろうか。
勝てない俺のイライラが絶頂にきた瞬間、稜マリオが失速し、続いてルイジ、ピーチも失速。
気づけば谷本ヨッシーが一位でゲートをくぐった。
「あ、勝った!やった、稜!…?」
稜の反応がなく、ふと見ればと稜はテーブルにつっぷしうたた寝している。
時計を見ると深夜一時を回っており、何時間やってたんだと、我ながらあきれる。
「…今のは睡魔に負けて、谷本さんにじゃ、ないです…・」
つっぷした稜がつぶやく。
「ちっくしょう…。一瞬、完全に意識が吹っ飛んで。」
顔を上げて、稜は頭を左右に振る。
どうやら、俺の叫びで目が覚めたらしい。
壁の時計を目を細めて見る。
「まだ一時なのになあ…いつもならこれくらいまで平気なのに」
「試験勉強とそれからすぐのバイトで疲れてたんじゃ無いか?」
「あー、そういえば、夕べ半徹だったなあ…」
ふわあと大きく伸びをして稜はこてんと俺の肩に頭を預ける。
「まあ、谷本さんの勝ちで仕方ないですね。運も勝負に必要ですもんね。」
「運ってお前、俺の努力の成果かもしれないじゃないか。」
くいっと、俺は稜に手を伸ばし、ぐりぐりと頭をなでた。
「やめてくださいよ。」
いやいやと頭をふり、その手を払うと、一瞬稜は動きを止め、じっと俺を見つめた。
「な、なんだ?」
何か言いたげなその瞳に俺は、そらせずに、ついっと見返す。
「谷本さん」
稜はそのままゆっくりと俺の背中に腕を回し、その胸に顔を埋めた。
「稜?」
突然の稜の行動に、俺は一瞬身を引くが、とくんと心臓を一つ跳ね上げると、思いを固め、ゆっくりと腕を上げ、その背中を抱きしめた。
「あんまり、こういうことは言いたくないんですけど…」
「な…なんだ?」
「今日、初めてなんですよね。」
「何が?」
「泊まるの。ここに。」
くぐもった声に、恥ずかしげな響きが感じられる。
「いや、いいんですけど、マリオカートで徹夜しても。てか、むしろ、そのほうがいいんですけど。けど…」
いや、もう、眠いし、でもちょっと目も冴えてきたし、いやでも、もう寝るだけでも十分なんですけど。
「…えっち期待するとか、ないですけど…」
そこまで言うと稜は顔を上げ、さらに俺を見つめた。
「稜…。」
名前を呼ぶと、稜は目を閉じた。
俺はその頬に手を添え、口付ける。
「…そういえば、初めてだった」
軽いキスで離れると、俺は改めてつぶやいた。
大人として未成年者を夜遅くまでましてや泊まりなんてさせるわけにはいかないって思ってたのに、ゲームで負けたのが悔しくて。
いやいや、それは多分ただの言い訳でしかなくて。
「ふん」
俺は立ち上がると、稜を横抱きに抱えあげた。
一瞬にして顔を赤くし、じたばたと腕の中で暴れる。
「何するんですか!下ろしてくださいよ!」
「…レースの勝者は、こうやって、表彰台に運ばれるんじゃないのか?」
からかうように俺は言った。
「…それは、ピーチ姫のときだけでしょう。それに勝ったの谷本さんじゃん」
俺、今日はマリオだし。
自分でセックスを強請ったのが恥ずかしかったか潤んだ目が泣きそうになりながら、それでも、暴れると危ないと悟ったのか動くのをやめ、ぎゅっと、俺の首を抱きしめる。
「あと1時間位は起きてられるか?」
「…だから、徹夜でもいけるって」
「言ったな」
もう一度キスをすると、足を寝室に向ける。
「夜はこれからだな」
「何、おじさんくさいこと言ってんですか」
「…俺はまだ二十代だ。」
苦笑いをしながら、俺は寝室のドアを開けた。
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