1(攻め視点)

1/1
前へ
/4ページ
次へ

1(攻め視点)

俺が風呂から上がると稜はソファの前で背中を丸めて携帯ゲーム機で遊んでいた。  彼も風呂から出たばかりのはずなのに、すでにきっちりと制服を着こんでいる。  彼の高校は学ランだ。  襟元がきっちり詰まっているその姿を見て、もう一度俺の下半身が熱を持ちそうになる。  いやいや、俺。  ちょっと落ち着け。  頭の中でベタに覚えている限りの素数を思い出し、熱を諫める。  でも、思ったより結構時間は経ってしまったか?  少し前髪長めの可愛い顔を隠している髪の毛はすでに乾いていた。  セックスの後、せっかくだから一緒に入ろうって誘って途中までは浴槽でいちゃいちゃできたのに、谷本さんの長風呂には付き合ってられません、と、ざぶりと湯船から上がるとシャワーを浴びて彼はさっさと上がってしまったんだった。  恋人とのイチャイチャタイム、楽しみにしているのは俺だけか。  俺の経営するイタリアンレストランのバイトの応募に来た稜に一目惚れして一も二もなく採用したのは経営者の特権だ。無口で無愛想なでもすこぶる顔の綺麗な高校生はどう考えてもホールは似合わないと思ったが、そのクールビューティなところがいいと近所のご婦人に評判になっている。  色白で切れ長の一重まぶたの顔の持ち主は右目下の泣きぼくろがチャームポイントだと思っているが本人は気に入って無い模様。  バイト初めて三ヶ月目に告白した俺にちょっと驚いた顔をしたけれど、『俺も…』と無表情な頬を少し赤く染めて頷いてくれたのは半年前。  今日は定休日で彼の学校帰りに一緒に飯を食い(視察と称して他のイタリアンの店に連れて行くことが多い。稜も何も言わないし。いや、むしろ『うちの店の方がうまい』と三回に二回は言ってくれる。三回に三回言わせるのが目下の俺の目標)  一回り年下の男子高校生は何を考えているか若干わかりにくいところもあるが、ベッドの中では俺を好きだと言って腰を振ってくれるから多分良い感じに付き合えているんだとは思う。  指をちゃかちゃか動かしているのでアクションゲームっぽいが、興奮する様子でもなく淡々と画面を見ている。  スマホじゃ無くわざわざ少し大きめの携帯ゲーム機を持ち歩くのか。  まあ、彼の学校用のリュックに教科書が入っているとは思わないけど。  しかもピンク色。  なんでだ? 「何してるんだ?」  俺は冷蔵庫を開けながら尋ねた。 「スイッチ」  顔を上げるでもなく、彼はそっけなく答える。  それは見てわかる。  中に入っていたミネラルウォーターを二本取り出すと一本を稜の前に置いた。  ども、っと軽く頭を下げるが目線は画面のままだ。 「…マリカー」 「へー」 「久々にやったら面白かったんで」  手元を覗き込むとちょうど終わったところみたいで、デモの画面に切り替わる。 「谷本さんもやる?」  やっと顔を上げて俺にスイッチを差し出した。 「なんでピンクなんだ」  可愛いくて稜に似合ってはいるが。 「姉ちゃんのだから」  素っ気なく応える。ついでにピンクじゃ無くてコーラルですけど、と続けた。 「いや…あ、そういえばうちにもスイッチ、あるぞ。二人でできないのか?」 「…谷本さん、ゲームやるの?」  意外そうに目を丸くする。  そんなに驚かれるとは思っていなかったので、こっちの方が気恥ずかしくなってしまった。 「いや、そりゃ、お前の年くらいにはやってたし、スマホのソシャゲーもそこそこやるぞ…。スイッチは去年の店の忘年会でビンゴの景品」 「忘年会?ビンゴ?」  へー、あの店そんなベタなことやるんだあと少しバカにしたような笑みを浮かべて、次は違うところで感心している。  まあ、準備した俺が当たってしまい常連客と店の子達に顰蹙は買ったけどな。  いらないから二番目にビンゴになった子に譲ると言ったが、それよりも二等のワインの方が良いと断られてしまった。 「ちょっと、待って。」  俺はクローゼットの片隅から開けていないゲーム機本体の箱を持ってきた。 「ほら。」 「あ、本当に…貸して。設定していいですか?」 「ああ。」  稜は受け取り中身を取り出すと、アダプターをつなぎ電源を入れた。 「えーと、時間と…名前…」  手際よくかちゃかちゃと操作すると、はい、っと俺に返そうとする。 「え?」 「やらないですか?マリカー」  そのために出したんじゃないんですか?と、こてんと首をかしげる。 「あ、ああ」  いや、でも、さあ。  俺マリカーやるの何年ぶりだと思ってんの、現役DK。 「何、谷本さん俺に負けんのやなの」  稜はその俺の好きな綺麗な顔ににやりと意地悪な笑みを浮かべた。 「はあ?お前、誰に向かって口きいてんだ?」 「え?30才のおじさん?」  付き合いだして半年。  店では従順な従業員なのに、二人きりの時は時々生意気な事を言うようになった。  でもふふっと笑うその表情に俺はいつも騙されてしまうんだ。  …好きだなあ。 「…俺はまだ29才だ」 「知ってますよ。…マリカーなんてすっごい昔からあるから谷本さんもできますよね」 「お、おお」  なんか乗せられた感もないけど、差し出されたゲーム機を受け取ろうとしたらぐっと、引っ張られる。 「あ」  稜の目線が俺の手とコンセントを往復した。  充電をしていないので、コードをつなぎっぱなしのままやろうとすると長さが足りずソファの前に二人では並べなかった。 「あ、じゃあ、こうしましょう、谷本さん」  稜は俺の背中に持たれてきた。  背中合わせで座る。 「ちょうど相手の手元も見えなくて、いいじゃないですか?」 「そうか?」  細すぎてちょっと硬めの彼の背中からのぬくもりが俺の背中に伝わる。  また熱が下半身を持ち上げようとするから、今度は円周率を頭の中に浮かべることになる。  そんな俺に気づかない風に稜は背中越しに俺に声をかける。 「ええっと、電源入れてもらって、ネットワークのところから…」  言われたとおりにやると、マリオカートのデーターがダウンロードされた。 「俺と谷本さんとあと、コンピューターで…四人でいいですよねえ」  稜が何か操作すると、「HERE WE GO!」と赤いオヤジが飛び出してきた。 「谷本さんマリオで。じゃ、スタート!」  チェッカーフラッグが振られ、一斉に車が飛び出す。  俺も久しぶりのゲーム機の感覚に戸惑いながらも、何とか操作はこなしていく。  が。  稜が操作しているヨッシーはそんなマリオを尻目にするすると障害を抜け、あっという間に追いつけない位置に行ってしまった。 「あ!」  フィニッシュ!  の文字が出たころは、ヨッシーはとっくにゴールしており、背中で水を飲む音が聞こえていた。 「…思ったより、谷本さん善戦でしたよね」  嬉しそうな声が聞こえる。  確かに、結果は二位だが時間差が付きすぎている。 「もう一回!」  俺は背中に向かって言った。 「はい。」  画面を揺らぐチェッカーフラッグ。  ヨッシーは滑り出しよく、飛び出す。  …だめだ。  今度は思わぬ障害物にひっかかり、マリオは四位。 「もう一回。」 「はい。」  …三位。  …二位。  …四位。  どうがんばってもヨッシーには勝てない。  いや、もしかして、俺がマリオだから勝てないのかも?  ヨッシーなら勝てるのか?  いや、マリオなんだから普通は勝てるだろ。  考え込んでいる俺の背中で稜の背中が揺れた。  声を出さないように笑っているらしい。 「…なんだ?」  むっとして訊ねる。  こういうこいつの『いまどき』っぽい(こう、自分さえ楽しければ…とか、自分さえわかっていれば…とかな)態度が時々癪にさわる。 「いや、多分今谷本さんは、マリオが悪いって思ってんだろうなーと思って」 「う。」  図星をつかれて、俺はゲーム機を取り落とした。  こいつ…。  そのまま振りむくと稜の背中を抱き、そのまま床に押し倒した。  きょとんとした顔で俺を見るが、俺が頬を撫でるとゆっくりと目を閉じる。  俺はその唇に自分の唇を落とす。  そのまま唇を首筋にズラし、制服のボタンを外そうとしたところで、稜の手が俺の背中に伸び、軟らかく俺を抱きしめた。 「…谷本さん、俺、九時まわっちゃったんで帰らないと…」 「ん?…ああ…」  顔をあげ壁掛けの時計を見ると確かに九時を過ぎている。  高校生を引っ張りまわす時間のぎりぎりリミットだ。  仕方ない。  俺は身体を起こすと、稜の腕をとり、彼の身体も起こした。  ぱたぱたと服の皺を伸ばし、彼はゲーム機からソフトを抜くと俺に渡した。 「…どうぞ。」 「なんだ?」 「試してみてください、ヨッシーで」  いや、ピーチ姫でも、ルイージでもいいですけど。  でも、マリオが一番初心者用だと思いますよ。  そう言うと、 「次の対戦楽しみにしています」  と、笑った。 「おはようございます。」  あくる日。  バイトの時間に店に顔を出した稜は俺の顔を見るなり大笑いをした。  こんな風にこいつが笑うことは滅多に無いから、ホール係の橘が驚いている。  あの後ついついゲームをやりすぎ、気づけば空がうっすらと白んでいたのだ。  目の下にクマをつくり不機嫌そうな顔をしているので原因がゲームだと気づいたのだろう。 「なんで宇佐美くん、いきなり爆笑?」  橘が不思議そうに訊ねる。 「…えーと、谷本さんの名誉のために言いません。」  くすくす笑いながら。 「今度はぜひ俺がマリオで」  稜は奥で着替えてきますとまだ肩を揺らしながら俺とすれ違い、その瞬間小さく俺の耳元でつぶやいた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加