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「気に入ったのなら良かったわ。寸法は大丈夫だった?」
「うん、大丈夫。少し大きかったけれど」
答えて、自分の背が伸びることを、母親は期待していたのかも識れないと、秋鹿は思い至った。
「もっと暖かいものが欲しくなったら、すぐに云うのよ。そっちは寒いから、風邪をひかないようにしてね」
「判った。こっちでは、たくさん雪が降るんだってね」
「ええ、そうよ。秋鹿はきっと驚くでしょうね」
夏紀はやさしい声になった。昔を憶い出しているのかも識れない。
「スキー教室も、あるんだって。母さんも行ったの?」
「ええ、行ったわ。小学校と、中学校の頃に」
「母さん、上手だった?」
「それなりにね」
「僕、上手く滑れないかも識れない」
スキーは一度もしたことがないし、そもそも運動は得意ではない。
「母さんが教えてあげるわ」
「母さんが?」
「ええ。お正月休みにね」
来年の正月は、此処で、ハルと夏紀と秋鹿の三人で過ごす約束をしていた。秋鹿はますます正月が来るのが愉しみになった。
それに、松虫とも奇跡的に再会することが出来た。明日からまた一緒のクラスで、一緒に過ごせるのだ。
寝間着姿で机に向かっていたからか、頸条が寒くなってきた。いつも傍にいてくれる存在が、今はいないからかも識れない。
──自分だけこんなに仕合わせで良いのだろうか。
後ろめたさのような翳が、心に差した。
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