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あれから母さんは無事に家まで帰れたのだろうかと、考えた。途中で具合が悪くなったりはしなかっただろうか。
そう云えば、車体の傷には気附いたのだろうか。あんな傷を見たら、母さん、落ち込んでしまうだろうな。父さんがそばにいたら、明るく励ましてくれるのに。
秋鹿の父親は、沈んだ空気を朗らかに変える天才だった。楽天家すぎると、夏紀はたびたび怒っていたけれども、それでも彼のそう云うところを頼りにしていたように見えた。
自分も父さんみたいに振るまえたら良いのに。秋鹿は父親から貰った誕生日プレゼントのスノードームと硝子の猫を見つめた。夏紀にも、ハルにも、元気をあげたかった。
──自分が元気じゃないと、誰かに元気をあげられないよ、秋鹿。だから父さんは、まず一番はじめに、自分にケーキを食べさせてあげるんだ。
父さんは、そう云っていた。昏々と睡る夏紀を心配して、泣いてしまった秋鹿に。
──だから秋鹿、一緒にケーキを食べよう。
秋鹿は立ち上がって部屋を出た。居間ではハルが料理の本を読んでいた。
「どうしたの、秋鹿」
「おばあちゃん、ケーキ……食べよう。一緒に」
変に力が入って、大きな声になってしまった。ハルは一瞬、吃驚したように目を見張って、
「良いですね。でも、今日のケーキは有難いことに売り切れです」
「……あ、」
そうだった、と、秋鹿は前髪の生え際をぐしゃぐしゃと指で掻いた。するとハルが、素晴らしい代案を出してくれる。
「代わりにココアを淹れましょう。クリームをたっぷりのせて。ナッツも散りばめて。とびきりおいしいココアを作りましょう。どうかしら、秋鹿」
「うん!」
秋鹿は元気良く賛成した。ハルもにっこりとして立ち上がる。とびきりおいしいココアを作る為に、二人は連なって店を下りた。
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