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 これが父と子のはじめての対面だった。  否、はじめてではない。ただ。(おぼ)えていないだけだ。  父は生まれたばかりの子をひと目見て、すぐにその前から姿を消した。子は父の顔を(おぼ)えていない。()らない。そして、今こうして向かい合っていても、その顔をとくと見ることは出来ない。柊の両睛(りょうめ)は呪のかかった布で慎重に隠されている。  父の目には自分がどんな風に映っているのだろうか。父の目は同じように隠されてはいないだろう。柊をこの場処へ連れてきたあやかしは、見えなくても判るくらいに柊に怯えていた。こっちは目隠しのおまけに後ろ手に縛られていると云うのに、何かに躓いて軽く(からだ)がぶつかっただけで、甲高い悲鳴を上げた。  ここは柊が閉じ込められている建物の中の一室らしい。山奥にある廃墟だった。元はホテルだったと思われる。玄帝配下のあやかしどものねぐらのようだが、この建物内に玄帝がいるかどうかは不明だった。  父も息子も、いつまでも何の言葉も発しなかった。沈黙が柊の肩にのしかかり、皮膚に鉤爪を立てる。 「ねえ、どちらでも良いけど、何か喋ったら。このまま二人して塩の柱にでもなるつもり? まあ、それはそれでどうでも良いけどねえ」  のんびりとした口調で、男が云った。父の他にも別のあやかしがいるらしい。柊はこの声に聞きおぼえがあった。此処(ここ)へ来た最初の日に、柊に目隠しをした男だった。あやかしにしては珍しく、眼鏡をかけていた。 「……お前は黙っていろ」  低い声がした。柊の(はだ)が粟立った。初めて聞いたはずなのに、自然と胸の内で憎しみが立ち上がり、軋みだす。自分と母を捨てた、父の声だった。
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