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「お前自身もおそれたもうひとつの邪眼の力を手に入れる為だけに、一度捨てた息子をわざわざ呼び寄せたと云うのか」  必死に掴んでいた冷静さは、云い終えるのを待たずに()げた。語尾が(はげ)しく乱れた。弱者の泣き言のように柊自身に聞こえて、頬が熱くなった。 「何だ、まさか今さら父子の情を確かめる為にお前を呼んだとでも思ったのか」  心底くだらない、と、その口調は云っていた。柊は奥歯を噛みしめた。こすれた歯と歯の間から苦いものが滲んだ。 「生まれ落ちたお前をひと目見て、私はおのれの浅はかさを酷く悔やんだものだった。あやかしと人間の女との間に出来た子どもに、邪眼の力が備わるとは、思ってもみなかった。だがあの時、お前を始末しなかったことは、今思えば正解だった。現状お前には十分過ぎるほどの価値がある。玄帝の……否、私の為にその力を使え」 「──断る」 「何故だ」  何処(どこ)までも冷淡な問いだった。はなからこの男が用があるのは、柊の持つ邪眼の力だけだった。柊自身には、露ほどの用も無かった。 「俺はその為に此処(ここ)に来た訳じゃない」 「ならば何故此処(ここ)へ来た」  この男と、自分とは、全く別の地平に立っているのだと、柊は思った。殺してやろうと考えていたけれど、異なる地平にいる者を殺すことは出来ない。振り上げた刃は、虚しく空を切るだけだろう。
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