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 どれほどこの男を憎んでも良いのだ。一生かけてこの男を憎んでも良いのだ。はじめからつながりの無い男なのだから、はじめから自分とは無縁の男なのだから、どれだけ憎んでも自分はこの男と一切の関わりなく、真に一人で生きていかれる。 「もう用は済んだ。俺を放せ」  舞い戻ってきた冷静さが、全ての感情の手綱を握った。低く発する自分の声が、驚くほど男に酷似していることに柊は気附いた。けれどもそれは一滴の不快感をもたらしただけだった。  感情の落ち着きは感覚を鋭くさせた。男が眉をひそめる気配がした。 「こちらの用は済んではいない。どうしても自由になりたいのならば、お前の持つ邪眼の力で私を殺して行くが良い」  男は柊に近附き、難なく目隠しをほどいた。柊は一瞬だけ眼前の父を見、すぐさま自分の足元に視線を遁した。  本当は、真正面から堂々と見据えてやりたかった。刹那に脳裏に焼きつけた父の(かお)は、思い描いていた異形の姿とはかけ離れていた。声と同様に、自分と良く似ていた。 「どうした、力を使えるようにしてやったぞ。さあ、早く私を呪い殺して、望むまま此処(ここ)を立ち去るが良い」 「俺は自分の邪眼の力を絶対に使わないと決めている。誰の為にも、自分の為にもだ」  男の足の先を睨み、柊は答えた。
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