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「何故だ、」
「お前に理由を教える義理は無い」
「死ぬまで使わないと云うのか、」
「そうだ」
「本当にそんなことが可能だと思っているのか、」
柊は黙った。眼球が乾いて、ひび割れるように痛みだす。男の革靴には艶が無かった。
愚かな、と、男は呟き、
「まさかこれまで一度も力を使ったことがない、などと、云うつもりはないだろうな」
柊は大きく肩を顫わせた。男が薄ら笑いを泛かべたのが空気で判った。
「そうだろう。我々がこの世界を一度として憎まない訳がない。そして、邪眼の力は憎しみの力だ」
柊は瞼を閉じた。眼球が血に染まった感じがした。
「俺とお前を一緒にするな」
「つくづく嫌われたものだな」
男は柊の前を離れた。衣擦れの風がつめたく頬に触れた。
「まあ良いだろう。どのみちお前は私の云うことを聞くだろうからな。邪眼持ちのことが判るのは、邪眼持ちだけだ」
「……勝手なことをほざくな」
怒りの手綱が緩みそうになるのを引き締めて、柊は言葉を返した。
男は柊を一瞥すると、部屋を出ていった。入れ替わりに眼鏡のあやかしが入ってくる。
「ああ、もう。簡単に外すんだからねえ、全く」
文句を云いながら、あやかしは柊に目隠しをしなおした。それから不思議そうに、「君、従順だねえ」
柊はまだ父の爪先を睨んでいた。
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