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「耳がどうかしたのか?」
秋鹿はかぶりを振った。
「ううん、大丈夫。何でもないよ」
再び歩きだそうとして、二人の前に猫がいることに気が附く。
「猫だ」
秋鹿は腰を落とし、右手を差し出した。「おいで」
猫は立ち止まったまま、秋鹿を凝視する。何だか見憶えのある猫だなと、秋鹿は思った。ここら辺の民家で飼われている猫だろうか。だが、頸輪はしていない。
仲良くしよう、と、猫に目で笑いかける。しかし猫はつれなくそっぽを向いてしまうと、そのまま走って行ってしまった。
「嫌われちゃった」
残念がりながら松虫を見上げると、その表情は険しかった。秋鹿は彼が猫が苦手であることを憶い出し、あわてた。犬や他の動物は平気なのに、何故か猫だけは駄目で、秋鹿が猫を見つけてはすぐに駆け寄っていくのを、いつも遠くから顔を強張らせて眺めていたのだった。
「ごめん、つい……、」
立ち上がり、謝る。松虫は苦笑いをした。
「まだ苦手なんだよなあ、猫。自分でも、どうしてなのか判らないんだけどさ」
この、彼の猫への恐怖心については、秋鹿としても意外なことだった。彼には可怕いものなんて何も無いのだと、つい思ってしまうだけに、余計にそう感じられる。
「ああ、でも、あーちゃんの部屋にあった硝子の猫は、綺麗だったな」
作りものなら平気なんだよなと、ぶつぶつと云う。情けないところを見られて羞かしがっているようで、秋鹿は微笑ましかった。
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