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ただの気の所為か、それとも自分の耳がおかしいのか。なんだか不気味だが、早いところ買い物を済ませて、帰らなくてはいけない。
気にすることなく歩いていこうとすると、
「……か、あい……か、秋鹿、秋鹿、秋鹿……」
声が背後をついてくる。全身の産毛が逆立った。いっそう歩調を速める。何の、誰の声だろう。どうして、何処から聞こえてくるのだろう。何故、自分の名前を呼ぶのだろう。まるで幽霊みたいだ。否、幽霊ではない。おばけ……ばけもの……もののけ……あやかし。
心臓を光の一線が貫いたようだった、息を飲んだ瞬間に、手頸を掴まれた。
「あーちゃん、どうしたんだ、そんなにあわてて」
松虫が驚いたように目を見開いている。秋鹿は膝の力が抜けるようだった。
「草太君……、」
「ごめん、吃驚させたか?」
松虫はすまなそうに秋鹿の手を放した。
「ううん、大丈夫」
秋鹿ははあっと息を吐いた。「ちょっと、勘違いで」
あやかしかと思った。そう云って笑うと、松虫は怪訝そうな顔をした。「あやかし?」
秋鹿は口元に手を当てた。どうして自分はそんなことを云ったのだろう。そんなことを、思ったのだろう。どうして今、自分はあんなにも必死に走っていたのだろう。自分の言動が、理解出来なかった。
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