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湿り気を帯びた亮二の声を聞き、寧々も泣きそうになったが必死にこらえた。
「ごめんなさい。つい思い出してしまったものですから。それから、このブローチをあなたに渡してほしいと、弟から預かりました」
亮二が寧々に差し出したのは桜の花びらの形をしたブローチだった。二か月前に亡くなった高志には、今年の桜の花びらを持ってくることはできなかった。だから、これを用意したのだろう。寧々は、そのブローチを亮二から受け取り両手で握りしめる。指先から彼の温もりが伝わってくるようだった。寧々は、幸せと哀しみを同時に味わっていた。
「嬉しい…」
「喜んでいただけて良かったです」
「お兄さん、ひとつだけお聞きしたいんですけど、高志君は今日のことをずっと覚えていたのでしょうか」
「ええ、もちろん覚えていました。僕がそのことを知ったのは最近ですけど」
「そうだったんですか」
「弟はそれなりにモテましたから、女の子のほうから結構アプローチされていました。だけど、誰とも付き合っている様子はありませんでした。ですから、僕や両親は弟が女性に関心がないのではないかと心配したほどです」
高志は一途に自分のことを思い続けてくれていた。それなのに、自分はすっかり忘れていたのだ。
「でも、弟は癌になって余命半年と宣告を受けた時、すべてを僕に話してくれました。自分には小学校の時にずっと大好きだった人がいる。その人に10年後も好きでいると約束した。そして、その証として10年後に小学校の校庭にある一番大きな桜の木の下で再会することになっていると」
景色がゆっくり歪む。ずっと我慢していた涙が、寧々の目から流れた。
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