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佐伯 孝蔵は車椅子に乗り、窓際にいた。
現在81歳、64歳の時、心臓の病で倒れてからは、無理のない程度に仕事をしていたが、体力も落ちて70を過ぎた頃から、会社の経営を信頼できる人間に少しずつ渡し初めて、今はすべての経営から身を引いて隠居の身だと言う。
「しおり…しおりだね? 近くに来てくれるかな?」
渡瀬の顔を見た。
渡瀬は頷き、手で誘導した。
ゆっくりと近付いて、伸ばされた手に触れた。
「うん…うん、さゆりさんに似ているね。申し訳なかった。私のせいでさゆりさんは亡くなった…私が倒れたから孝志まで…孝志を亡くして何も悪くないさゆりさんを責めてしまった。しおり…辛かっただろうね。悪かった、その分、ここで幸せになってほしい、ダメかな?」
「まだ…よく分からなくて…。でも、私、不幸せではありませんでした。
施設は意地悪な子もいたけど優しい子もいて、先生も優しくて…一番の親友もいつも一緒で…だから、両親の事を話してもらえますか? たくさん、聞かせて欲しいです。」
車椅子の横に膝をついて、手を握る。
「うん、話してあげるよ。もう少し長生きするからね。」
お祖父さんは怖くはなかった。
それから1時間、父親の小さな頃の話を聞いた。
自分が産まれた時の話も聞かせてもらった。
それはイコール、自分の父親の死の話でもあったが、恨みとかそういう感情はなかった。
お祖父さんがお昼寝をするという事で部屋を出た。
「完璧なお孫さんでした。」
ドアが閉まると渡瀬が言った。
一言も口を聞かずに、自分の部屋に戻った。
「何でも質問に答える、て言いましたよね?」
戻ると同時に渡瀬に向かい言った。
「ああ、年齢ですか?27ですが?」
きょとんとした顔で渡瀬は答えた。
テーブルの椅子を出してどかっと座り、足を組んだ。
「病院で言ってたでしょ?遺伝子検査…あれって本人の意思なく出来ない検査ですよね?」
「意識はなかったので仕方ありません。」
ドアの前に立ったまま、渡瀬は答えた。
「自分が婚約者ってどういう事?」
「言いましたか?」
「言いました!」
「その方が病院では都合がいいのです。病室にも入れて頂けるし、病状の説明もして頂ける。便宜上です。」
顔色ひとつ変えることなく渡瀬は答えた。
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