佐伯家

8/13

415人が本棚に入れています
本棚に追加
/170ページ
「ずっと…妙な気分でした。 退院の前にアパートの大家さんにお会いしました。」 少しだけ表情が変わるのが分かった。 「そうですか。それで、こちらがご用意した服ではなく、そんな古い物を?」 「これが私ですから…。大家さんに聞きました。私はしおりですか?しおですか?と。」 「ご冗談を…。ご自分の名前が分からない事などありますか?」 「分からなかったんです。写真を見てもどっちがしおりで、しおか、どうしても、変ですけど分からなかった。だから聞きました。私は、しおでした。」 どういうことだと、声を出した瞬間に渡瀬は近寄り、手で口を塞いだ。 「お静かに…。しおり様があの様な状態だと、旦那様に言えますか?いつ目覚めるか、いえ、駄目かもしれないと、先の短い老人に……言えますか?」 目の前で綺麗な顔が囁いた。 「昨日は大人しかったのに急にどうされました?」 「ふふ~…ふふーふんふうー。」 「ああ、失礼。お静かにお願い致します。」 頷くと、口を塞いだ手を放して、正面の椅子に座った。 手で、どうぞと誘導する。 「少しずつ、思い出したのです。事故の事は、まだですが…。自分がしおだという事も聞いただけで、まだですけど…起きる時は、しおりに起こされていたから、私はやっぱりしおですよね?遺伝子鑑定なんて嘘ですね?」 「しおり様を捜しておりました。職場を見つけて住んでいる所を見つけて、家に帰ってませんでした。彼氏という人に会いました。連絡が来たら教えて欲しいと頼みました。その日のうちに病院から連絡があったと。発信履歴が一番多かったそうです。 彼氏の代わりに私が行きました。しおり様の婚約者として。」 「しおりがあの状態だから、身代わりに連れて来たって事?記憶が曖昧みたいだから丁度いい、そういう事?」 「しおり様をあのままには出来ません、が、うちの系列の病院に入院させれば噂も立ちます。しおり様だと分かればしおり様も危険です。しおり様は無事、お友達を懇願されて入院させた…の方が病院のしおり様は安全に最高の治療を受けられます。」 「何でしおりが危ないの?」 「分かっておられませんね?旦那様は1年、持つかどうか…発作を起こせば今日、という事もあり得るのです。その時にしおり様が受け継ぐ遺産は莫大ですよ?」 「遺産目当てで殺されるっていうの?ドラマじゃあるまいし…。」 渡瀬は黙っていた。
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

415人が本棚に入れています
本棚に追加