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そういう彼は私の手の中にある本を見つめた。
そうか、彼は思い出が詰まったこの本たちを抱えて生きていくのが辛かったのか。
本にはメッセージが沢山詰まっている。
この七か月に届いた作品は「ドン・キホーテ」「星の王子さま」「蜘蛛の糸」「宮沢賢治の詩集」「こころ」そして、今日は「アルジャーノンに花束を」
この作品はどれも、希望や、優しさが詰まっている。
きっと、彼は何度もこの作品を読んで、母が自分に伝えたかったことを感じていたのだろう。それが、母が亡くなり、自分の手元にこの思い出が詰まった本を抱えて生きることが、突然の死で受け入れるのが怖くなったのだろう。
私がそう考えていると、彼は、
「ご迷惑をおかけしました。全て、持って帰ります」
頭を下げる彼。私は、またじっと考えた。それからゆっくり口を動かした。
「あなたの心の中に、この物語たちはいますか?」
言うと、彼は、驚いたが、それも一瞬で、すぐに目をまっすぐ私に向けて、
「生きています。目を閉じれば、ここで本をいつも買ってもらったとき、僕がはしゃいでいたのを見て、優しく笑う母を思い出します」
「そうですか。それなら、私が、この本を受け取りましょう。その代わり」
「……はい」
彼は、叱られるのかと思い、少し顔を強張らせる。しかし私は努めて明るく、
「私の本も受け取ってください。ちょっと待っていてくださいね」
言って、私は店の中に入って行った。私はレジの方へ行き、奥の方から引っ張り出した二十年前の月刊誌を一冊持ってきた。
「これ、森本さんが、こなくなった月の頼まれていた月刊誌です。これだけ持って行ってください。それを森本さんの墓前に置いてあげてください」
私は微笑んで言うと、彼は、溢れんばかりの涙を流し、私から本を受け取ると、
「ありがとうございます、ありがとうございます。僕たち、引っ越してしまって、ここにはこれなくなってしまっていたので。きっと母も喜びます」
言って、子供のように泣いた。
私は「こちらこそ、覚えていてくれてありがとうございました」と、告げると、彼は、また、声を上げて泣いた。
それから、私は店を閉じることにした。
森本さんの買っていってくれた本を店の本棚に入れて。
<完>
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