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「僕が置き始めたのは今から七か月前からです。その月の前の月の今日、僕の母が亡くなりました」
そこまで彼は言うと、喉を詰まらせたように、言葉も詰まらせた。
私が目を丸くしていると、彼は必死に言葉を紡いだ。
「今まで、ここに置いていった本は、母がここで、僕が幼いときに買ってくれたものなんです」
「じゃあ、この本たちは、あなたにとって、大切な形見じゃないですか。それをなんで私のところに持ってくるんですか」
至極当たり前のことを私は言ったつもりだった。
でも、彼は、また涙を浮かべて、
「勿論、形見です。でも、聞いたんです。店主さんがここを閉じてしまうことを。僕にとって、ここの本屋さんは思い出の場所です。母は本が好きで、毎月ここで、同じ月刊誌を買いにくるついでに、小説を買ったり、僕が小さいときは絵本を、小学生になると小説を買ってくれました」
そこまで言うと、私は、考えた。私の店では、近所の方が毎月買われる月刊誌などを、取り置きしている。昔の記憶を辿る。
すると、確かに、毎月うちで取り置きをしていた、三十代くらいの女性がいた。いつも自転車で来ていて、小さな男の子を連れていた。たしか、名前は……。
「もしかして、あなた、森本さんですか?」
言うと、彼は、こくんと頷くと、嬉しそうな、切なそうな哀愁を漂わせて笑った。
「ああ、あの子か。こんなにも大きくなったんだね。そうか、森本さん、お亡くなりになったんですか……」
私は目を本にやった。この本もかなり読みこまれている。本を好きな人が持っているような、綺麗なくたびれ方をしている。
私は彼の顔を見ると、また訊ねた。
「私がこの店を閉じることと、形見を置いていくことは、一体どうつながるんですか? この本を見ていると、あなたはこの本をとても大事にしていたのでしょう。それに、あなたたち親子がこの店に来ていたのも、もう二十年も前になる。なのに、今、どうして」
言うと、彼は笑って、
「母との思い出を持って生きるのが辛かったから、この思い出の場所に返そうと思ったんです。ここなら、きっとずっと、この本たちも生き続けていられるから」
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