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「どうしたの?元気ないよ」 「え?」 アキラは顔を上げた。 「僕も早く外で遊びたいなあって」 「もうすぐ遊べるようになるよ」 「そうだけど……」 けど、のあとの言葉を飲み込んだ。大和は首をかしげる。 「退院、したくないの?」 「……そんなことないけど」 「あの先生のこと、そんなに好きなの?」 「えっ?」 アキラは目を丸くした。大和はいじけたように、またサッカーボールを蹴り始める。 「だってさー、いつも先生にくっついてるじゃん」 「先生はいい人だよ……優しいもん」 アキラは、二週間くらい前に大和がこっそりHな本を持ってきたのを思い出した。どうやら高校生のお兄ちゃんの部屋から持ち出してきたらしい。そこには男の人と女の人の裸が写っていた。そのときだ、先生の治療がいったいなんなのか知ってしまったのは。先生は自分の体を心配して治療してくれたのではなく、セックスがしたくて自分を抱いたのだと、そのとき漠然と感じた。だから先生が秘密にしたがるわけもなんとなく理解できた。子どもにやっちゃいけないことだからだ。本当にいい人ならそんなことはしないかもしれない。でも先生のことは大好きだったし、治療の意味を聞いたらもうしてくれなくなる気がしたのでアキラは気づいてないフリをするしかなかった。 「もしかして、先生に退院引き止められてたりして」 「そんなわけないじゃん!だって、先生なんだからそんなことしたらお父さんが怒っちゃうよ」 「アキラの父ちゃん、怒ったら怖いもんなー……」 「怒ってるときのお父さん」は、このころのアキラが一番恐れている存在なのだった。どんなに悪い展開を考えても、最悪の結末は「怒ってるときのお父さん」どまりである。子どもが考える最悪の事態なんてそんなものだ。 「そんで、いつ退院するんだよ」 「二、三日してからだって」 「じゃあ、日曜にアキラんち行ってもいい?日曜には家にいるんだよな」 「いいよ。ゲームの続き、一緒にやろうよ」 そう言って笑いながらも、アキラの目はカレンダーに釘付けだった。今日は水曜日。退院する日は、すぐそこまで迫ってきていた。日曜日の赤い数字は、妙に明るくてチカチカ光っていた。
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