背中

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こんな懐かしいことを思い出していたのはある昼下がり。思わず手元のあとひと口でなくなりそうなコーヒーを見つめながらフッと笑った。 そして、使い古した腕時計をスーツの袖から出し時間を確かめた。 約束の時間まであと10分ちょっとだが随分前からこのカフェの窓際の席で人の流れを見つめていた。 もうすぐ着くとのメールはとうに届いている。 彼にはここは都会過ぎるだろう。 少し不安だ。 飲み終え、顔を上げると何かに弾かれた様に席を立った。椅子にかけていたジャケットを持ち足早に会計に向かう。外に出るとライブ後のような人の流れを縫う様に歩いた。 「こらそこの迷子」 同じくスーツ姿だが少し幅の広いその背中に声をかけた。振り返った顔に間違いはなかった。 「バレたか」 僕だと分かるとホッとしたように顔を傾けて笑った。 「何年の付き合いだと思ってんだよ」 「それは高1から数えてからか?ならじゅう~何年?」 「バーカ」 彼は数回目の長期出張から帰ってきたばかりで大きめのトランクを引きながら隣に並んだ。 「んで、今回の新居はどこだ?今から鍵受け取りに行くんだろ?」 「ん~それがなぁ、ないんだよな」 「はぁ!!?まさか今から探す気?!もうすぐ仕事に戻るから今日は付き合えないよ、諦めてホテル見つけておけ」 驚きのあまり変なところから声が出た。 「まぁ…もう探すのやめようと思ってさ」 「賃貸じゃなく買うってことか?」 「あー、いや」 角を曲がるとすっと人の波が落ち着きまばらになった。 その時、僕はふと立ち止まった。 彼は少し先をゆっくりと進む。 何を言おうとしているのかその背中でわかった。 パリッとした襟から見える頸が赤く色づき俯き加減だ。 「お前は料理下手だから掃除担当な」 僕の言葉に彼も足を止めるとゆっくり振り返った。 「……いい加減背中で読むのやめろよ」 「何年見てると思ってる?」 「高1からだから~」 「分かったからもう言うな」 僕は彼を追い越して先を歩いた。 「……そんな嬉しい?」 彼の言葉にバッと頸を手で覆ったが既に遅い。 「うるせ」 そして人がいなくなった路地裏に入ると、待ってましたと言わんばかりに彼の大きな指が僕のほおに触れ右目の下のホクロが至近距離に近付いた。 「ただいま」 「…おかえり」
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