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正気なのだろうか?
だとしたらどういう神経をしていやがるんだ。
「きみが死んだあとで施設内のウイルスを除去する。本部の指示次第だが、場合によっては施設そのものを焼却する可能性もあるだろう。外に漏らしてはならない類のものらしいからな」
こいつらはもう俺が死んだものと考えているらしい。
いっそ防護服をはぎ取って道連れにしてやろうかとも思った。
ふと足元に目をやると血痕があった。
それは蛇のようにカプセルに続いていた。
反対側の部屋の入口あたりまで伸びている。
「所員の血だ。自分で腹を裂いていた。僕たちは専門家じゃないから分からないが、感染したら自傷行為を引き起こす類のウイルスかもしれないな」
それを聞くとぞっとする。
いつか昆虫を宿主にする寄生虫の話を読んだことがある。
次の宿主に移るために寄生した相手の行動を操って、自殺させる種類がいるとか。
ウイルスにもそんな力があるのかどうかは知らないが、死にたくなるほどの苦痛が伴うものなのだろうか。
俺はそんなものに感染してしまったのだろうか。
「きみの額にその兆候がある――」
マスク越しにも伝わってくる憐憫に、俺は冷静でいられなくなる。
「何か手はないのか! 金ならいくらでも払う! 頼む、助けてくれ!」
こんな死に方はしたくない。
やりたいこともいっぱいあるんだ。
「どうか……!」
ここを出たら組織とは縁を切ろう。
今まで貯めた金で会社を興すのもいいかもしれない。
あの子にも想いを伝えよう。
そうだ、こんなところで死ぬワケにはいかないんだ!
「諦めろ。もう助からない」
何と言おうと無駄だった。
こうしている間にも時間が過ぎ、いずれ耐え難い苦痛に苛まれるぞと脅しのように迫られる。
それからどれくらい経ったか。
「――分かったよ」
俺は心を決めた。
どう足掻いても逃れられないなら、潔く死を受け容れよう。
みっともない死に方なんてプライドが許さない。
「頼みがある。学生の頃から付き合っている女がいるんだ。こんな結末になったが、愛していると伝えてくれ」
「分かった。たしかに伝えよう」
「それと、もうひとつ……」
「何だ?」
「俺を殺してくれ。情けない話だが自分で死ぬ度胸がないんだ。安らかに死にたい。眠るように死ねればそれ以上は望まない」
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