プロローグ

6/10
前へ
/17ページ
次へ
 両手を真っ直ぐに広げ、後ろに倒れた彼の身体をルカは見下ろす。  自分が今、正義の制裁を下した相手は確かに悪魔だったはず。それなのに。  それはまるで、自分を裁く黒い十字架のように――。 「……」  ルカ、と自分の名を呼ぶヴァン司教の声が耳元で聞こえる。  倒れこみそうになる自分の腕を、司教が支えてくれていた。緋色の礼服越しにかすかに伝わる温もり。しかしそれに甘えてはいけないのだと、ルカは強く目を閉じる。  居た堪れない、とは今のような心境を言うのだろう。  司教が持つ善なるエネルギーに身を焼かれそうだ。ひょっとして悪魔は、自分自身ではないのか――絶え間なく自嘲の念がこみ上げる。  やっとルカの口からこぼれた声は、痛々しいほどにか細く震えていた。 「すみません。大丈夫です」 「可哀想に。そなたには、抱えきれないほどの感情が溢れている。それが黒い影のようにそなたの道を見えなくしているのだ」  感情? とルカはかすれた声で繰り返す。司教は自分を買いかぶっているのだと思った。人間らしい感情などすでに無くして久しいのだから――。 「ルカ。このピエタ像を見てどう思う?」  
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加