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他の人と一緒に廊下に出ると、待合室の場所は本当に近くだった。
銀色の鉄製のプレートに、『待合室』の文字がくりぬかれている。
中に入ると、右側にふかふかのソファー、左側に木製の長椅子がみとめられた。
つきあたりには小さな窓。
はまっているのが曇りガラスなので向こうの様子はよくわからない。
隅にはスタイルのいい女の人と、小柄な男の人がいた。
「ようこそ。どうぞお座りください。ソファーでも長椅子でも構いません。」
女の人がそう言うと、五人の男女がソファーを選ぶ。
私は長椅子から香ってくる木の香りが気に入って、長椅子のほうを選んだ。
背の高い男の人と身なりのいい女性の二人が、私と同じ長椅子に座る。
「ではこれから各自の審査員がそれぞれのお部屋にご案内します。試験では悪夢を見ている人から実際に悪夢を退治します。退治できるかできないかも重要ですが、退治の方法も審査の観点になります。荒っぽい方法はあまり選択しないようにしてください。さらに、悪夢を見ている人もこの業界から出た達人で、悪夢を退治されている間の感覚も視野にいれています。合格できるように頑張ってください。それでは、皆様への朗報をお祈りいたします。」
女の人と男の人がきっちりとしたお辞儀をした。
こちらもついお辞儀を返しそうになったところで、ドアが開いて八人の男女が入ってきた。
「どうも、審査員一同でーす。」
先頭の体格のいい男の人が、軽い感じで頭を下げた。
「これから皆さんをそれぞれの試験会場にご案内させていただきます。各審査員の後に続いてください。はい、全員スタンバイー。」
後ろにいた七人が、バッと私達の前に立つ。
あれ、私の前には誰もいない?……ということは。
「あ、長谷さんの審査員は私でーす。」
さっき先頭にいた軽い雰囲気の男の人がにこやかに頭を下げる。
マジか。
いや、その人でもいいんだけど、なんかリーダーっぽい感じしたし、一番見込みのありそうな人を担当するのかと予想してた。
「では、ついてきてください。」
一人の審査員がそう言って部屋から出て行くと、その人に担当された人が慌てて部屋から出た。
続いて一人、二人と廊下に出て行く。
「じゃあ、私達もいきますか。」
楽しそうに男の人がいって、ドアを開ける。
廊下に出た私はそのまま男の人についていった。
「あ、ちなみに申し遅れましたけれども、私は川本と申します。宜しくお願いしますねー。」
「あ、はい!こちらこそよろしくお願いします。」
「えーっと、長谷さん、でしたよね。」
「はい。」
「となると……如月様と四葉様からご紹介された。」
「はい、そうです。」
「成程。いやぁ、本当に凄いですね。悪夢退治業界の引退した伝説と生ける伝説のお二方に認められるとは!」
「え!?そ、そんなに凄いんですかあの二人。」
「勿論ですよ!如月様なら悪夢退治業界で名前を知らない人いないんじゃないですか?知らないのはよっぽどの世間知らずか新人くらいでしょうね。四葉様は、悪夢退治業界の最年少プロですよ!小学一年生でナイトメアハンターになったのも、小学生であらゆるプロが集うナイトメアハンターの大会で優勝したのも、四葉様が初めてです。若い星、ですよねー。というか、星なんてものじゃないですよ。私も一度しか会った事なくてですね。すごい人でしたねー……。」
しみじみと川本さんが言う。
「そ、そうなんですか。でも、あんまり期待されても、私悪夢を退治したことなんてないですし……。」
「いやいや、これから試験を受けるわけですから、あの会場にいた入社志望者全員が今日初めて悪夢を退治する人達ですよ?気にすることはありませんって。あ、ここから階段上りますが、侵入者用のトラップが仕掛けてあるんで六段目と十三段目を飛ばして登ってください。」
「あ、わかりました!」
私は言われた通り、六段目と十三段目を飛ばす。
「次は二段目を飛ばしてください。」
「はっ、はい。ちなみにどんなトラップがあるんですか?」
「六段目はところせましとワサビが、二段目はこれでもかと練りトウガラシが飛んでくる罠です。十三段目は、たしか階段の隅に穴が開いてバッタが湧き出てくるんでしたっけ?」
もう二度とこんな建物に訪れるもんかと、私は心の中でつぶやく。
ここ、トラップが特殊すぎるのよ!
赤外線センサーやドーベルマンよりずっとヤバいトラップが転がってるんだから!
「ああ、違いました!それは西階段でした。この階段は、穴からハムスターが出てくるんです。」
「ハムスター?人をひっかいたり足につかまって動きを封じる訓練でもしてあるんですか?」
「いえ、訓練してあるのは小動物がやるとキュンとくる動作です。ウルウルした目や萌え系ポーズをとって、侵入者を虜にしてしまおうという作戦です。」
「……確かに困りますけど、それ侵入者に効くんですか?」
「さあ、わかりません。この間来た人はまんまとひっかかって警備員に拘束されましたけど、イラついてハムスターに危害を加えようとしていた人もいましたから。逃げたハムスターを追いかけて、ねずみ花火が破裂するトラップにかかって腰が抜けてましたけど。あ、ここは七段目と十二段目を飛ばしてください。十二段目は六段目と同じワサビのトラップなんですけど、七段目はちょっと厄介です。特殊な訓練を受けたモルモットが出てきて戦意喪失を狙った阿波踊りを始めます。」
返す言葉のない私は黙り込んだ。
それっきり、沈黙が続く。
やっと階段が終って廊下に入り、しばらく歩いたところで、川本さんが立ち止まる。
「はい、ここです。どうぞ入ってください。」
示されたのは、黄色で塗られたドア。
プレートは待合室と違い木製で、『試験会場 5』と書かれていた。
「間違ってもこっちには入らないでください。」
川本さんが指さした隣のドアもやはり黄色に塗られていて、プレートも木製。
ただそのプレートには、『♥しけんかいじょ~♡』と書かれていた。
平仮名が並んでいるので一瞬子供が書いたかと思ってしまうが、筆跡は明らかに大人だ。
一気に気が抜けてしまう、というか、脱力しすぎて頭痛すら感じられる。
「安心してください、絶対に入りません。」
「それがいい。」
うんうんと頷く川本さん。
私は気を取り直して、ドアを開いた。
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