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3年後ーー
「いらっしゃい」
カラン、カランとドアが開閉するたび潮の匂いを含んだ風が店内に入り込んでくる。
「未知ちゃん久しぶり。また、一段と美人になって。一太も大きくなったな」
馴染み客の中澤さん。お店にほぼ毎日の様に顔を出すのに、毎回同じ事を言ってる。本当、面白い。
一太は僕の息子。
あのあとすぐ妊娠が判明して・・・
両親にまだ早い!と、産むことを猛反対され、中絶するため無理矢理産科に連れていかれた。手術直前に、破水した妊婦さんが担ぎ込まれてきて。その騒ぎに乗じて産科から逃げ出した。
お金がないから当然どこにも行けなくて。
途方にくれていた僕を助けてくれたのが、海沿いの国道に建つカフェのオーナーの茨木さんだった。長年連れ添った奥さんを亡くし、今は一人でカフェを切り盛りしている。寡黙で真面目で、中澤さん曰く、若い頃は女性にかなりモテモテだったみたい。還暦を迎えた今も若々しくてダンディーだ。
「一太、ちゃんとご挨拶しなさい」
カウンター越しにお客さんと談笑していた茨木さんに言われ、二歳になったばかりの一太は、おしぼりを両手で掴むと中澤さんの方へパタパタと駆け寄った。
「いらっちゃいませ」
溢れんばかりの笑顔に中澤さんはでれでれになり、目尻は下がりっぱなしになった。
カフェの看板息子で、ムードメーカーの一太。
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